実演鑑賞
満足度★★★
「帝銀事件 ー獄窓の雪ー」
2020年初演。
ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章が効果的。これを聴くと宿命に対し厳かに死んでいくモノクロの隊列を感じる。自分ではもうどうしようもないことを粛然と受け入れるしかない弱者。多かれ少なかれ人間誰もが無力で何一つ出来やしない。思えばこの世の出来事全てが謎だらけ。皆、その真実からひたすら目を背けてきただけ。見なければ無かったことになる、と固く信じて。
昔の自分は元731部隊の諏訪中佐が犯人だと信じ込んでいたが、最近の研究では全然そんな人物は該当しないことに驚いた。GHQの圧力で捜査にストップが掛かり、適当に容疑者をでっち上げたんじゃなかったのか?
熊井啓の映画を観たりした筈だがもう全く記憶にない。当時の警察は(今も?)本当であろうと嘘であろうと犯人をでっち上げて事件を終わらせてきた。真実の解明ではなく、対世間に対しての申し開き。冤罪だろうと無理矢理自白させてしまえば同じ事。兎に角終わらせること。
テンペラ画とは、卵と顔料(着色に用いる粉末)を混ぜて絵具を作り描画する技法。油絵より劣化が少ない。
昭和23年(1948年)1月26日、帝国銀行(現在の三井住友銀行)椎名町支店。閉店直後に現れた厚生省技官を名乗る男が赤痢の予防薬をそこにいた16人に飲ませる。薬は青酸化合物で12人死亡。現金と小切手、現在の価値で500万円程が盗まれていた。
偶然生き残った4人が犯人の男について供述する場面から開幕。
実質主人公でもある堂ノ下沙羅さん。表情が可愛らしくキャラクターのキャパが大きいのでいろんな役をやれそう。藤野涼子みたいな実力派。岸本加世子路線、井上ひさし系が合うのでは。表情一つでガラッと印象が変わる。華と陰、両方を併せ持つ。
初舞台のグラビアアイドル、桑島海空(くわじまみく)さんはコメディリリーフとして活躍。深刻な世界に笑いを注いで和ませてくれる。
その相方ともいえる杉浦一輝氏。名アシスト。
三原一太氏は一種異様な雰囲気でこの事件のおどろおどろしさを醸し出す。
権力の威圧感を纏った検事は妹尾青洸(せのおせいこう)氏。
暴力の匂いをぷんぷんさせる刑事に藤井陽人(あきと)氏。
孤立無援の弁護士に酒巻誉洋(たかひろ)氏。
そして平沢貞通は中田顕史郎氏。
毒物を飲まされて死にかかった堂ノ下沙羅さんが平沢貞通は犯人でないと一人証言する。嘘の犯人をでっち上げることは本当の犯人を逃がすこと。彼女の孤独な戦いが今作品のテーマ。
堂ノ下さん演ずる竹内正子は本当面白い人で、当時のインタビューを読んでも痛快な女傑。
その母親役はかんのひとみさん。
何故これ程冤罪事件が発生するのか?そして国家や警察検察は自らの誤りを認める事を一切しない。認めてしまえば前例となってかなりの訴訟を受ける恐怖からだろう。この国には真実を調査する機関が必要。建前と権力の自己正当化、弱肉強食の論理ではいつも弱者が泣き寝入り。今、人間は聞こえの良い嘘より真実を必要としている。
是非観に行って頂きたい。
実演鑑賞
満足度★★★
「夜明け前 ー吉展ちゃん誘拐事件ー」
アフタートークのシークレットゲストが小出恵介氏。だが客層的にイマイチ沸かない。観客はこんな暗い昭和の犯罪史シリーズをわざわざ観に来る層だ。
黒澤明の『天国と地獄』の予告篇を観て、子供の誘拐を思い付いたというだけで心底暗くなる嫌な事件。2019年初演。
1963年(昭和38年)3月31日台東区の入谷で起きた4歳児の誘拐事件。2年3ヶ月後、小原保(こはらたもつ)32歳が逮捕されて死刑になった。仕事をクビになり、借金返済の為、実家の福島に金の無心に行くも結局顔を出せず仕舞い。戻った東京で事件を起こす。
右足に障害を持つ犯人役は演出も兼ねる田島亮氏。今作では七人兄弟の六番目の設定だが実際は十一人兄弟の十番目(二人は生まれてすぐに死んでいる)。
公開された脅迫電話の東北訛の声が兄だと疑い、警察に届ける弟に五島三四郎氏。愛憎入り混じった兄弟関係。
その妻、奥野亮子さん。豪華。
MVPは犯人と同棲する愛人、山像(やまがた)かおりさん。男を信じるしかない老いた女の哀れさ。荒川区の一杯飲み屋「清香」の女将。犯人との情感溢れた遣り取りがこの作品を彩る。
テーマは『真人間』。
是非観に行って頂きたい。
実演鑑賞
満足度★★★
「好男子の行方 ー三億円事件ー」
開場は開演の30分前、自由席は前売りの整理番号順の入場。
2018年初演。
ステージをかなり狭めて使っている。これは狙いなんだろうが観ている方からすると収まりが悪い。もっと別の工夫をすべき。
昭和43年(1968年)12月10日、東京都府中でそれは起きた。日本信託銀行(現在の三菱UFJ信託銀行)国分寺支店から府中工場へ現金輸送車がボーナスを運搬中。25ミリの雷雨の中、午前9時22分頃、突如白バイ警官に車を止められる。「支店長宅が爆破された。車にダイナマイトが仕掛けられている可能性があるので確認して下さい。」だがそんなものは見当たらない。車の下に潜った警官は「ダイナマイトだ、逃げろ!」と叫んで乗っていた4人を退避させる。車の下からもうもうと白煙が上がる。その車に乗り込むと三億円の入ったジュラルミンケースと共にそのまま走り去った。
映画のオープニングのような鮮やかさ。若き犯人はピカレスクのヒーローとして一躍時代のスーパースターとなった。
事件の三日後、この現金輸送車に乗っていた4人が支店長室に呼ばれるところから舞台は開幕する。
支店長に若杉宏二氏。
次長に坂元貞美氏。
主人公的立ち位置の新入社員は銀(しろがね)ゲンタ氏。フルポン村上っぽい。
運転手に五島三四郎氏。
同乗者に杉木隆幸氏、筑波竜一氏、田中穂先氏。
MVPはノイローゼから奇妙な行動を取り続ける田中穂先氏。オウム真理教の青山弁護士を彷彿とさせる怪演。椅子の脚が一本折れるアクシデントもアドリブで乗り切った。
1975年、沢田研二が三億円事件の犯人役をやったドラマ『悪魔のようなあいつ』。脚本は長谷川和彦!大ヒットした主題歌「時の過ぎゆくままに」が流れるのは小ネタ。
世間体を気にする余り、嘘に嘘が重なっていく銀行コメディ。
是非観に行って頂きたい。