ホテル・イミグレーション 公演情報 ホテル・イミグレーション」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-4件 / 4件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    名取事務所としては珍しい系列として昨年、「カタブイ1972」(内藤裕子作)を観たが、この「書き下ろし」上演の路線を今年も、詩森ろば作品で試みた。
    文句無しに満点を付ける。「期待しなかった分、予想を上回った」、といったような事ではない、と思う。
    移民問題、入管問題。作者が当日パンフで、題材は主催者側から提示され、そこから事実を知って行った、全てが初めて耳にした事だった、と述べている。自分の足下で、こんなに近くで、、その衝撃と思いは理解できる。知らなかった事の負い目がよぎる。そこから出発し、作品がそれに見合うものになる事をひたすら目指し、問題の単純化には流れず、あらゆる問題群を一つのドラマと人物に落とし込み、特別な事としてでなく私たちの生と地続きにあるものと見えて来るよう、真摯に取り組んだ痕跡だけが見えた。(降って来た作品?と見える事がままあるが、今作もそう見えつつ、作家の不断の探求の上にしか訪れない部類である。)
    感動のポイントは幾つもあるが、詳述は控える。
    名取事務所公演はキャスティングにも一目置くところがある。ユニークな取り合わせでもあり、堅実でもあり。この俳優だからこそ、と見える場面に出会える事も、演劇の贅沢な瞬間であり、深い人間理解にもいざなう。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    タイトルで随分損をしている。米内山陽子さん脚本の傑作『インディヴィジュアル・ライセンス』と同系列の作品だと思う。何処にでもいる普通の女性が真の“女性の自立”についてかすかに気付き始めうっすらと目覚め始める黎明の予感、その息吹。女性にしか感じ取れない肌感覚を巧みに表現。
    全く情報を入れず、井上薫さんだけを頼りに観に行った。

    主人公の田野聖子さんは入国者収容所から仮放免となったカンボジア人(椎名一浩氏)の身元保証人となり自宅に住まわせている。隣に住む町内会会長(山口眞司氏)は「犯罪者の外国人がうろつくことに皆が不安がっている」と退去を勧告する。そこに突然現れるのは離婚した旦那に引き取られていった息子(吉田晴登氏)、十年ぶりの再会。

    主人公の中学からの親友、井上薫さんと息子の吉田晴登氏の存在が素晴らしい。観客の気持ちをズバリ代弁してくれる。全くその通りで嘘がない。こんな面倒なことに首を突っ込んだってつまらないじゃん。この二人の感覚に嘘がない為、観客も安心して観ていられる。社会運動に入れ込んでも嫌な思いをするだけ。何故そんなことを?

    反権力弁護士は田代隆秀氏。三代目結城一糸・江戸伝内氏かと思った。やはりこの系の役は遠藤誠を踏襲せざるを得ない。
    クルド人の夫を収容所から解放する運動をしている川田希さん。元バックパッカーという背景がよく伝わる。リアル。

    山口眞司氏は知っているそういう立場の人間にそっくり。『福田村事件』の森達也と同じく、キャラの造形、台詞のチョイスが素晴らしい。作家の人間観察に感心した。

    アイスや水羊羹が美味そう。

    皆が探しているものはきっかけ。自分が無心に情熱を注ぎ込めるものとの出会い。無欲に損得抜きに出来得る限りの全力で捧げたいと思わせるもの。人間は自分の為だと思うと大して力を出せないが、他の誰かの為だと信じられれば底知れぬエネルギーが噴出するもの。皆持て余した自分の生命を注ぐ場所を探しているのだろう。きっかけさえあれば!

    社会運動モノではない。もっと普遍的なもの。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    井上薫さんは好き。「ワイドショーのコメンテーターの意見の受け売りだけのくせに!」なんて罵倒されつつ。
    アラフィフの女が恋バナで盛り上がりガチのSEXネタで興奮するのは流石の名シーン。
    田野聖子さんが息子の吉田晴登氏を力一杯抱き締めるシーンが良かった。存在と存在がぶつかり合う。

    宗教とだぶる場面が多々ある。勧誘(折伏)による人間関係の破綻。

    出入国管理及び難民認定法(入管法)の問題についてはスリランカ人のウィシュマ・サンダマリさん死亡事件で広く知られることとなった。(司法審査なしで長期収容〈無期限監禁〉が可能など)。今年2月に上演されたTRASHMASTERSの『入管収容所』は大絶賛を博す。だが個人的には違和感があった。その理由に助成金目当てのNPO法人への不信感、プロ市民(市民活動で利権を得る者達、人権を隠れ蓑にした左翼活動家)への疑心暗鬼がある。「全ての社会運動には裏がある」と穿った見方しか出来なくなった己の捻くれた心。
    純粋まっすぐ君(©小林よしのり)を扇動して社会問題化させることにより、体制から利益を享受する人権総会屋。体制の子会社としての職業活動家、マッチポンプの仕組みとして機能する部署。
    自分は共産主義も宗教の一つとして捉えている為、有力新興宗教のシステムと全く同じに見える。(民主主義社会では集票力こそ力だと看破した先見の明は慧眼。本質は大乗仏教の『方便』の拡大解釈による政治運動団体)。

    日本の入管法が歪な理由に在日朝鮮人問題があることを知った。日本の植民地から来た者として日本人扱いだった在日朝鮮人。敗戦後、大日本帝国が解体されると、突如外国人扱いに。「憲法上その人権が保障される日本国民とそうでない者をわけようとする意図が明らか」(立木茂雄研究室より引用)。タブー化された問題には必ず利権が存在する。

    カンボジアと言えば『キリング・フィールド』、ラフィン・ノーズの『Tokio Cambodia』。ポル・ポト政権崩壊後、首相となったフン・センは40年近く独裁を続けた。そして今年8月、次期首相に長男を任命。民主主義なんて所詮は綺麗事絵空事。未来から今の時代を振り返った時、混乱に充ちた過渡期でしかないのだろう。(未来があったとして)。やはり手塚治虫が予言したようにAIに委ねるようになるしかないのか。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2023/09/16 (土) 14:00

    ハードな題材を日常に落とし込みつつ問題提起する秀作。(3分押し)114分(7分の休みの後、アフタートーク49分)。
     serialnumberの詩森ろばが名取事務所に初めて書き下ろす。入管というハードなテーマだが、舞台はある家のリビング。離婚して実家に戻った春江は入管から仮放免されたカンボジア人ヤンを自宅に下宿させている。夫に引き取られた息子が家出して突然やってくる所から物語は始まり、ヤンを預るな、と迫る町内会長や、幼馴染みの主婦、支援団体の関係者らを巻き込んで…、の展開。問題はシリアスだし不正義な出来事がバンバン出てくるのだが、それを生むのは誰なのか、という問題提起でもあるだろう。終盤の展開はちょっと一気かな、と思うのだけど、役者陣の(穏やかな)熱演もあり、見応えある舞台になっている。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    リビングルームで入管問題に迫る芝居。平凡な主婦が、入管問題を知って一歩行動に踏み出す。観客も登場人物とともに、日本の入管行政の遅れ、収容者への無法な扱いを知っていく。本作が啓蒙的な演劇でおわらないのは、そういう入管の非道を支えているのは、無関心な「あなたたち」ではないか、と問いかけるところにある。

    柴田春江(田野聖子)の家に、突然、息子祐一(吉田晴登)が父親の家を出て、転がり込んでくる。息子は家に知らない外国人の男がいて驚く。春江は、非正規滞在者のカンボジアの青年ヤン(椎名一浩)を家にあずかっていたのだ。そこに「不法滞在の外国人には出てってもらってくれ」と隣に住む町内会長(山口眞司)が文句を言いに現れる…という滑り出し。春江の中学以来の親友知子(井上薫=好演)も、子と外国人の事となると、偏見が強く、春江に反対する。息子の祐一も。そんな二人にわかってもらおうと、支援団体のリーダーで弁護士の杉浦(田代隆秀)にレクチャーしてもらう。それでも、春江と知子はけんかわかれしてしまう。杉浦自身も春江に「妻に、非正規滞在者を家にあずかるのを反対されて」とうちあける。

    家の周りには「不法滞在の外国人は日本から出ていけ」という張り紙を毎日のように張られ、町内会長は「ヤンが粗大ごみのパソコンを盗んだ」と警察沙汰にしようとしてくる。、四面楚歌の春江だったが、それでもヤンを置くことを辞めようとしないのは、彼女なりの理由があった…。

    ネタバレBOX

    平凡な主婦がなぜ、面倒をしょい込むのか。その理由として、ひどい夫ともめた離婚以来、10年間、アルバイトで細々暮すだけで、「何も変わらなかった」自分を変えたいという春江の思いを描く。後妻の誘惑から逃げてきたという息子を抱きしめて「よく逃げてきた」「会わせてもらえなかったから」というシーンは、春江の肉付けとして重要な意味がある。(ふりかえると、突然、祐一が来た時の春江のリアクションが、割と平静で、弱いけれど)

    ラスト近く、ヤンと祐一が飛び降り自殺を目撃するという突拍子もない事件が起きて、それで芝居は収束へ向かう。自殺したのは、町内会長の息子で、13年引きこもりだった。張り紙もその息子の仕業だったとわかる。ヤンは自殺事件直後「私のせいだ」と叫ぶが、落ち着いてくると「私は何もしていない。私のせいではない」と。でもヤンは帰国を決意する。日本で無為に過ごすのは「私の心が死んでしまう。心が死んだら、ただ生きていても意味がない」だから、「命は危ないけれど、カンボジアへ帰る」というのだ。
    ヤンが「またあいましょう(そのために自分は死なない)」とカンボジア語であいさつし、春江も同じく返すラストはシンプルで美しい。

このページのQRコードです。

拡大