アンナ・カレーニナ 公演情報 アンナ・カレーニナ」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.5
1-4件 / 4件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    喜劇やミュージカルばかり見ている、おめでたい演劇ファンのわたくし、縁あって本格悲劇を鑑賞。悲劇って、こんなにも悲劇的なんだ! と、小学生のような感想を持ってしまいました。それは原作に対して。
    舞台としては、実演鑑賞の醍醐味をたっぷり味合わせていただきました。

    ネタバレBOX

    音が怖い! 悲劇なんだから容赦ないんですけど、いやはや、びっくりしました。
    冒頭と、終盤近く。

    そのかたわら、はじのほうで若い佐々木奏音さんがお名前のとおり奏でるおもちゃのピアノとか、めまぐるしく変わる装置の動く音とか、なんといってもクラシックの奏者による生演奏とか、繊細かつ快い音もたっぷり。
    めまぐるしく変わると申しましたが、これ、舞台に立っている俳優さんたちが、子役さんも含めてみんなで動かすんですよ。重いものも。いやー、働く働く。重厚で華麗なお衣装のまんま。
    次は何をするんだろうと見とれてしまいました。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鑑賞日2023/03/15 (水) 18:00

    当初は2023年の公演として企画されていたものの、コロナ禍により中止され、3年ぶりの復活。宮沢りえの主演舞台なだけに期待も大きかったのだが、20分の休憩を含め3時間45分という長尺の舞台はどこか散漫な感じさえ与え、やや失望といったところ。

    従来はアンナを中心とした三角関係をメインに描かれるものだったのを、今回英国から招かれた演出のフィリップ・ブリーンは新解釈として、不倫に走った末に虚飾に満ちた都会の貴族社会で死に追いやられるアンナと、農村で実直に生きて純愛の結果として幸せをつかむリョーヴィンとを対比的に描いたとのことだが、文学史上ではそれが定番の解釈でもあり、ただ長編小説の世界とは異なってそれを舞台上で表現するには無理があったのだろうか。むしろ二人のアンナ(ヒロインとその娘)と二人のアレクセイ(カレーニンとヴロンスキー)に焦点をあてた方が良くはなかったか。

    最大の弱点は、なぜアンナが自殺にまで追い込まれていくのか、その心理の過程の描き方が丁寧さに欠けることだ。
    終盤でのアンナが列車に飛び込んで自殺する場面も、そうと知っていない人には何を描いているのかよくわからなかったろう。
    第一幕の最後での出産による全身血まみれのアンナの方の印象が強烈すぎて、第二幕がどことなく気が抜けた感が自殺の場面にまで続いてしまう。アンナの悲劇性が心に響いてこないのだ。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    マンガ版で予習した段階では自己チューの不倫女の物語であって、これを3時間半もやられてはかなわんなあと気が重かった。しかし舞台が始まってみると特に何があるのでもない各場面に引き込まれるのである。舞台でもアンナはただのバカ女であって1ミリも共感できない。この物語はあらすじという骨でなくそこにたっぷりと付いた肉を味わうものなのだ。

    実に演劇らしい演劇だ。宮沢りえさんの芝居臭さ100%の演技も非常に心地良く感じられる。宮沢さん以外は80%に抑えて彼女をより際立たせるサポートをしているようにも感じられた。初めて演劇について何かをつかめたような気がする。納得のスタンディングオベーション。

    これから観る人はこのお話の構造を頭に入れておかねばならない。
    話の本筋はアンナ(宮沢りえ)+夫のカレーニン(小日向文世)+愛人のヴロンスキー(渡邊圭祐)の三角関係であるが
    副筋にキティ(土居志央梨)+リョーヴィン(浅香航大)の愛の形があり、この二つが並行して演じられ対比される。そしてこの二つに密接に絡んで別の男女の関係を提示する
    第3の筋としてドリー(大空ゆうひ)+スティーヴァ(梶原善)夫妻の姿がある。
    リョーヴィンはトルストイ本人をモデルにしていると言われるが彼とアンナとが結ばれたりはしない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    20代の時に岩波文庫で読んだ。冒頭の有名な一行、不倫の恋、最後の鉄道自殺などは知っていたが、それは昔読んだからではなく、あちこちで言及されるから。舞台は肝心な話を思い出させてくれた。冒頭、なかなかヒロインが登場しない。登場すると同時に、ヴロンスキーと恋に落ちる。同時に、将来の悲劇を予兆する轢死事故がおきる。さすがの幕開けである(これは小説がそうなっている)。

    あらかじめ上演時間を見ていなかったので、休憩なしで1時間を超えて延々続くのを見て、てっきり終幕まで行くのかと思った。アンナが愛人のヴロンスキーに妊娠を告白したら、彼は「こんな偽りの生活は終わらせよう」。一瞬、このまま愛人に捨てられて自殺か、「アンナ・カレーニナ」も妊娠小説(©斎藤美奈子)だったのかと。あにはからんや、そのセリフの意味は「夫と離婚してぼくと結婚してくれ」。アンナの産後の瀕死の床で夫カリーニンはアンナを許し、ヴロンスキーは逆に絶望して自殺未遂する。これで前半終わり。以上1時間40分。20分の休憩をはさんで後半は1時間45分。総計3時間45分のたっぷりした芝居だった。でもまったく飽きなかった。トルストイのあふれる創作力に脱帽。また、俳優陣の魅力ある熱演と、演出、美術、音楽あいまった舞台の造形が素晴らしかった。

    前半のヴロンスキーの魅力に負けまいとするアンナの抑制した行動に好感持てた。ヴロンスキーと生活する後半はアンナの心理分析ドラマのよう。根拠のない嫉妬にはまりこみ、錯乱していく。てっきり愛人に捨てられて自殺するのかと思ったら、ヴロンスキーは全く浮気などしていない(原作も確認したらそうだった)。嫉妬と疑惑の自家中毒の末の自殺。原作も最後、衝動的に鉄道に身を投げていた。

    アンナとカレーニンの口論で、互いに口に出すこととは異なる心の内を、客席に向けて傍白していた。かなり忙しくコミカルでもある。リョービンもキティとの口論で「僕も結婚したから皆さんに話せるようになりました」と傍白する。結婚すると傍白できるようになるとは、夫婦関係は我慢とうそ(愛という名のウソ)がだいじということかもしれない。

    ネタバレBOX

    小説と芝居は違う。小説では、ヴロンスキーの突然の心変わりをキティが知る舞踏会の場面を、キティの心理描写で描いている。芝居では、ヴロンスキーがキティに「リョービンはいい人ですよ」と、ほかの男をすすめるように言わせることで、キティにショックを与える。このセリフ、小説にもあるが意味が違う。舞踏会の最初に出てきて、ヴロンスキーのリョービンへの好意を示しているだけ。キティを袖にする意味はない。芝居ではこのセリフをうまく使って、別の意味を持たせた。

    また例えばドリーがアンナの領地へ馬車で向かう場面。小説では、自分の結婚生活への不満、愚痴を心理描写している。口には出していない。芝居では御者の農場管理人ペトカにぶちまける。ペトカは「それが人生です。奥様」と。一緒に見た友人は、この場面がえらく気に入っていた。私は、同じペトカなら、リョービンの指図n何一つ手を付けず、怒られてものらりくらり受け流すロシア的怠け者のペトカの場面が面白かった。

このページのQRコードです。

拡大