鏡花讀「草迷宮」 公演情報 鏡花讀「草迷宮」」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.3
1-3件 / 3件中
  • 満足度★★★★★

    日本のリーディング
    小粋な演出でリーディングという手段の面白さを存分に体感。舞台に入り込むというよりは付かず離れずの視点で観劇。
    霊魂天地行き交う近代以前の世界観で、祭礼儀式のような拍に物語の緩急を織り込み、日本の美学よろしく制限によって想像力を刺激する。
    唄ったり進行したり群像になったりと、コロス的な少女達が結構な働きをしており、朗読ながら立体的な空間を味わえた。
    「文字」や「紙」など、リーディングだからこそ使用できる素材を日本的な方法で上手く取込んで、リズムに変化を付けていたのも面白い。
    元々どのような上演方法が想定されていた台本だったのかは知らないが、
    ト書きなど聞いていると全体的に発想が幻想的で、これを今立ち芝居にするとややもすると剽軽になったり野暮ったくなるんじゃないだろうかと思ったりしたので、あえてこのスタイルで上演した意義が感じられた。
    舞台天井奥に吊られた純白の着物にラスト、舞台下側からの光線が当たると、裏地に描かれていた菖蒲の花が透かし見えてくる(「アヤメ」は主人公の女の名)という演出がニクい。

  • 満足度★★

    環境が悪いうえに長すぎ!
    リーディングで2時間。しかもアゴラ特有の幼稚園児が座るような低いベンチ椅子での観劇。いやはや、拷問でした。後ろ2列はパイプ椅子席を設置する配慮があっても良いと思う。芝居というのは目の前で公演されてる演劇だけでなく、観客が心地よく観られる環境作りも重要なポイントです。ベンチ椅子での観劇の忍耐所要時間はせいぜい90分です。ご参考に。


    以下はネタばれBOXにて。。

    ネタバレBOX

    粗筋・・あきらは、死んだ母親の口ずさんでいた手毬唄の歌詞を探して旅をしている。小学校、寺、遊廓などで歌詞を訪ね歩くが、誰もその内容を知らない。あきらが旅の途中で想い出すのは死んだ母親のことであった。

    彼の姿はいつしか生きていた母と暮らす15歳の自分と重なっていく。彼が住んでいた裏の土蔵には淫乱狂女がおり、その女に近づくと母親にひどく叱られた。人の話では女は父が手込めにした女中で、怒った母が十年も閉じ込めているという。

    ある日あきらは美しい手毬少女に出会うが、彼女を追いかけているうちに、ある屋敷の中に入りこむ。その屋敷には妖怪たちがおり、大小の手毬が飛びかい首だけの母親もいた。そしていつしかあきらの葬いに変ったが、それは夢だった。

    あきらはまた、旅を続けるのであった。父親不在の家庭、妖艶な母、性の目覚め、土蔵で男を求める狂女、兵士と心中した少女、青年を翻弄する妖怪たち…。現実とも空想ともつかないイメージが繰り広げる、めくるめく草迷宮の世界。(なはずだった!笑)


    この筋に尺八を奏で手毬少女には8人を起用する。この手毬少女のセリフが大半を占め原稿用紙をめくりながら、その裏には習字で書かれたものを詠みながら描写していくという手法だった。その詠みは巻物やカルタを連想させ情緒があるものの、少女の衣装は童特有の着物のほうが良かったような気がする。なにしろ手毬少女なのだから・・。好みの問題だとは思うがワタクシはこの現実味を帯びた少女らが障害となって黄泉の国と現実の世界の狭間にもぐり込めなかった。今一つピンとこないで終盤を迎えた公演だった。
  • 満足度★★★

    妖気
    話が、というか言葉が素敵だし、世界がとても素敵でした。リーディングと言えど、沢山の唄や色々な仕掛けがあって楽しかった。 いまいちのめり込めなかったのは少女達の違和感のせいでしょうか。山本健翔さんは妖気放っていました。

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