公演情報
「建築家とアッシリア皇帝」の観てきた!クチコミ一覧
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/11/29 (火) 19:00
すごかった。解釈とかラベリングとかそういうのはもう後回しにして、ただあの膨大なセリフとくるくる変わる役割とを猛スピードで走り抜けるお二人に釘付けになった。どこか突き抜けた明るさと乾いた孤独がひしひしと胸にしみる。
実演鑑賞
満足度★★★
第一幕85分休憩15分第二幕70分。
但し休憩の間に成河(ソンハ)氏が役のまま、ステージ上の小道具を片付ける。ファン必見。
飛行機が墜ち、無人島に流れ着いた岡本健一氏、そこには先客の土人、成河氏がいた。二年掛けて言葉を覚えさせた岡本氏、自身をアッシリアの皇帝と信じ込ませている。成河氏は何故か建築家に憧れて、建築学をねだる。言葉によってやっと意思の疎通が図れる筈が逆に難解になる二人の会話。この辺は『アルジャーノンに花束を』的。「早く幸せになる方法を教えてよ」。
岡本氏の衣装がナチスの高官っぽい。
成河氏は野生動物みたいな動き。次に何をするか目を離せない。ファンの気持ちが分かる。人間ではなく“役者”という生物。
この長丁場、時には一人芝居で全く退屈させないのは凄い。
不条理劇の大家とされるフェルナンド・アラバールの代表作。1967年パリで初演。1974年日本初演では山崎努氏が皇帝役を演った。余りにも肉体的に激しすぎる為、相手役は二人降りたという。山崎努氏も幕間で医者に注射を打って貰っていたそうだ。
岡本健一氏と成河氏の魅力で成立させている世界。裸や女装のシーンも多く、華奢でか細く美しい肉体。グロテスクなシーンもコミカルでポップに味付けされており、不快感は沸かない。成河氏の要求に度々応える裏方。(『できるかな』っぽい)。壮大な「ごっこ遊び」に皆が付き合わされていく。
逆に女優二人でこの作品を観たいと思った。どう映るだろうか?
実演鑑賞
満足度★★★★★
圧巻の一言。
「トラム、二人芝居」の第二弾。アラバールをやる、というだけでも注目だ。第一弾の「毛皮のヴィーナス」はマゾッホの世界を軸にした男女の二人芝居で「異性」の必然性があったが、今作は性別から何からを超越した荒波を行く「噂には聞いていた」ぶっ飛んだ世界。それが理解できる台詞(当たり前だが)によって、また二人の男優の超人技により、そして名のみ知る生田女史の冒険心(遊び心)溢るる演出を通して現前した。時間は予想しなかったまさかの三時間超え。(長旅、という文字を書いてふと思い出したのはホドロフスキーの「エルトポ」。)
この芝居にも前作に劣らぬ内面世界への洞察、暴露(まるで内腑を掴み出すような感触)がある。病的な孤独感、マザコンそしてこれは戯曲の指定か背後にヒューン、ドカン、ボカンと近代兵器の音が(戦場のピクニックよろしく)鳴る。相は目まぐるしく変る。長い綱渡りを渡りおおせただけで喝采モノだが深い余韻がある。
実演鑑賞
満足度★★★★★
競馬予想みたいだが、この舞台、今年のベストワンの本命だろう。
アラバールは戦後の現代芸術の方向を示したトップランナーと評価され、寺山。唐の時代から、野田にも、ケラにも影響がみられるが、本人の作品を、このように明確に、面白く、言葉は悪いが、女子供にもキャッキャッと楽しめるように作った舞台はかつてなかった。薄暗い難しい暗喩ばかりの実験演劇から解放したこの公演は、俳優、演出、舞台装置、照明、舞台操作、全スタッフ・キャストが一団となって細かく設定された完成度の高い舞台を創り上げた。どこを取り上げても、今年の最高の演出、演技、美術、音楽・音響、照明、もっと言えば、舞台監督、道具方、の賞に値する。アラバールをこういうふうにマンガみたいにやっちゃおう、客は来るぞ、と言い出した人には企画賞。
物語の設定は単純で、孤島に流れ着いたアッシリアの王と大衆のひとりである建築家が、二時間半にわたって、現代を王と道化の役を演じながら笑いのめす、前半は、政治、後半は裁判が軸になっているが、筋はどうでもいいことで現代に生きている人間どもの、性や支配意欲や脱出願望をテンポのいいセンスが光る演出で演じていく。
きっと男優賞は外さないであろう岡本健一と成河(ことに成河は休憩時も舞台に出ずっぱりで三時間、舞台を楽しんでいるように見える。かつてない最高の出来で、役をよく把握していて、これは是非賞を上げてほしい。岡本は、まぁできるとは思っていたが、コンビが非常にうまくいっている。機関銃のようにある無数のきっかけを外さずにやり切った)、の快演で、立見席まで万遍なく埋めた各年齢の女性客は大満足の様子だったが、3時間の立ち見はしんどい。
昨日は開演直後に瞬間停電があって、そういうことがあると、仕込みの多い現在の舞台は、仕込みがどう暴走するか解らないので、もう一度、さらわなければならない。20分押しだったが、非常時の処理もうまくいっていた。
実演鑑賞
初日観劇。すごいエキサイティングな芝居で、岡本健一、成河の自由奔放でエネルギーにあふれていた。猥雑にして純粋、聖にして俗、信仰と涜神、愛情と憎悪、等々と言われる戯曲だが、矛盾する要素を様々に読み取ることのできる、万華鏡のよう。古典ともいわれる作品なので、今回は珍しく事前に戯曲を読んでいたが、その戯曲からの予想を2倍も3倍も超えた。岡村健一が黒い女性下着に着替えていくシーンなど、戯曲にあっただろうか? グロテスクで、公序良俗への冒涜ともいえる挑発的な場面がいくつもあった。
次々話が変ってしまう、コントをいくつも繋げたようなつくり(特に1幕)なのだが、それだけではない。2幕は皇帝を被告にした裁判劇。証言者の合間合間に、幕間狂言を入れるよう。そして、最後は書くのがはばかられる展開になる(戯曲読んだのは2か月前なので、実は終わりの方は忘れていた)。
思い煩うことがあって、屈託した気分だったが、この芝居を見て元気が出た。それほど自由で突き抜けた芝居。ごっこ遊び、なりきり、すり替わり、女装、扮装、仮面劇、裁判劇、コント、ユーモア、暴力、殺人、処刑、血と性と食と、そうしたごった煮の生の人生と、演劇の原点のどろどろしたマグマをぶちまけたようだった。オペラ、音響、光、小物、衣装、美術も猥雑かつ大げさでよかった。
事前に戯曲を読んでいくなど頭でっかちの見方だが、私以外も頭でっかちそうな観客が多かった。こんな芝居を見ようというのは、それなりの演劇通であろう。でも素直な笑い声が絶えない。観客も理屈を離れて、感覚で受け止めて、舞台を楽しんでいた。最後列にずらりと立見席もある満員御礼。
2時間50分(休憩15分)と長いが、全然飽きない。