解放区 公演情報 解放区」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.9
1-9件 / 9件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    全共闘時代へのオマージュがあるのかな。かなり尖ったエキサイティングな舞台で、大いに楽しめました。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    哲学のような会話、
    近い将来、こんな風になってほしくない世界、
    象徴的な登場人物達、
    メッセージを感じる舞台でした!

    ネタバレBOX

    コロナ下の緊急事態宣言の中、演劇を含めた娯楽が
    不要不急に分類されたコト、その事に対するメッセージのように感じました
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    とても哲学的というか、舞台の中で舞台みたいな感じがしました。やや難しい印象でした
    演者の皆さんの演技はとても良かったと思います。セットもこだわりが感じられました。
    次回も頑張ってくださいね

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

     舞台手前にはあちこちに塵の山、中央やや上手に舞台へ上がる段が1つ、上には茣蓙が掛けられている。舞台と客席の間、矢張り塵のような塊が上手下手の天井から1つずつ吊り下げられている。
     さて、板上。ホリゾント手前に衝立のように立ち上がる壁、その奥は袖になり上手に透明なビニールが貼られてバイオリン弾きが時折登場する。通常の演奏というより現代音楽的に不協和音をアレンジしたクラシックのような音楽を演奏しているのは、この空間が破壊の瀬戸際にあるからである。ビニールの更に上手には姿見サイズの大きな金色の額縁がある。壁下手には青いビニールハウス。住人は今作の主人公である。風呂に入れないから、物凄く臭う。
     壁から観客席へ延びる板上には下手に様々な書籍が塵の山となって散乱(産卵)し、上手にもやはり塵が若干と簡素な椅子としても用い得るガラクタが在る。
     物語は、可成り意外な展開を見せる。所謂ホームレスが主人公なのだが、このホームレス。実は天才と称された劇作家、元大学講師も務めたインテリである。その彼が何故このように零落の憂き目を見て居るか? その顛末が描かれたのが、今作である。(華4つ星、解釈は観た個々人がすればよい、時間が取れれば追記する)

    ネタバレBOX

     
     主人公は、その才能故体制側に多くの敵を作ると同時に大学での教え子、作家志望の新聞記者をはじめとして熱烈な信奉者にも恵まれていた。従って彼の住むこの塵溜めのような空間も数々の政治的愚策や自由への圧迫、自分の頭を用いて考え抜かれた思考を持つ者達への有象無象の圧力から人間存在を解き放つ劇的空間として設定され機能している。その原動力は無論限りない想像力である。そしてそのimaginationを身体化することによって具現化する劇場としてこの場が捉えられているが故に死守せねばならぬのである。当然の事ながら立ち退き要求に応じることはできない。
     一方、資本主義体制の「王」である資本家や彼らとタッグを組む「政治家」、「マスゴミ」上層部、高級官僚及び最高裁判所裁判官等利害を一にする者達は、己が利潤追求の為に例えば3S政策等を用いて人々から自由な時を簒奪するのみならず恰も人々は楽しんでいるかのように思わされながら自発的な思考を停止させられ洗脳されてゆく数々の手管を用いて思考停止へ追い込む。これら「巧妙」とも言えないプロパガンダによって多くの人々が自省の習慣を無化され、思考の表層化・無化に甘んじることとなった。
     人々の持つ最大の武器である自由で合理的且つ深く実践的でイマジネーションに富んだ思考を無化し表層化することに成功した資本は次の手に打って出た。資本の唯一無二の目的・利潤追求である。その一つの現れこそ、現在この界隈で唯一の場所となったこの自由劇場空間破壊であった。このイマジネーションの宝庫を金のなる木に変えようというのである。
     ところで何故解放を叫ぶ者達は、敗北せねばならぬかである。現象的には現場監督の「未だ人が居ます」という制止にも拘わらず大型クレーンに取り付けられた巨大な鉄球が彼らを襲撃したからという単なる物理法則によって弾き飛ばされ、残存していた構築物が破砕された彼らの身体に圧し掛かったからという事象に過ぎないが、人間が人間に対して行った行為として、ことはそれほど単純ではあり得ない。現場で作業に携わる者達も解放区を主張して殺された者達も単に資本(即ち資本主義社会で高位を占める資本家≒王侯貴族や所謂エスタブリッシュメント等人間社会というヒエラルキー上位者)占有階層からみれば、ヒエラルキー下位を構成する人間総ては「モノ」に過ぎないからである。今更優生保護思想を喧伝するまでもなく、彼らのイデオロギーは「進化論」の曲解を根拠とする。無論、エスタブリッシュメント達は直接他人の死に関わるような愚行には関与しない。そんなことをするのは彼らの支配を受ける人間達に任せておけばよいのである。
  • 実演鑑賞

    良い舞台だったと思います。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「解放区」という場の中に自由より、社会の縛りへの掃き溜めという感じがして、説明にあったイメージとはずいぶん違う気がした。ラストも白日夢のような終わりで、なんとなくしっくりこない。また、出演者のセリフ回しというか、どういったらいいかうまく説明できないが、皆同一な感じがし、大声であっても小声であっても、単調さを感じてしまった。もう少し自然体な演技でも良いのではないかと思った。感動したと漏らしていた方もいらしたので、単純に好みの問題かもしれない。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    バイオリンの音色が素晴らしかった。
    この劇団さんは、前回もそうだったが、かかっている音楽がいい。
    絶望の象徴のようなゴミの山のなかで、ひとすじの希望の光を与えてくれるような...
    ホームレス役の役者さん、インパクトのある、味のある演技、素晴らしかった。
    シェークスピアの舞台を観ているようで、個人的には好きだ。
    雰囲気が好きです。
    個人的には今回のほうが、前回より自分の好みに合っていた。
    ひとつだけ気になったのは、大声で客席で話している人がいた。コロナ対策で注意が必要だと思いました。
    素晴らしいお芝居で、満足でした。
    また、観たいです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    主張したいことは何となく分かるが、その対象となる現実が曖昧だ。タイトル「解放区」(理想郷と言うか理論の世界)を描くのであれば、もう少し具体的な現実の姿を表さないと、主張そのものに説得力が伴わず空虚な感じ。
    公演の魅力は迫力ある演技というか、叫び吐き出される「力ある言葉」、その台詞の激しい応酬だ。両手を広げて拾いたい珠玉の言葉だが、ぽろぽろと指の隙間から零れてしまう。物語は主人公・高橋ひろしサンの教え子である2人が登場してからの緊迫した場面と、それ以前のまったりした場面、その雰囲気がガラッと変わる。対置することでラストシーンへの効果として観せたかったのだろうが、前半と思われる場面が冗長すぎた。そもそも緊密に絡んできたのか。
    (上演時間1時間30分)

    ネタバレBOX

    舞台セットは、廃屋といった感じで色々な物が散乱している。中でも重要になるのが、上手にある割れた姿見と下手にあるダンボールとビニールシートで覆われた塒(ねぐら)、と捨てられた本の山。演出として、客席の最前列中央に登場人物が着座し、後々舞台上の人物と話し出す。また役者は会場出入口も利用し、廃屋外に現実の存在を表す。この廃屋、後々知らされるが劇場跡という設定。
    照明ー冒頭は薄暗い廃墟イメージだが、人物が揃いだすと暖色的な色彩、そして圧巻は高橋さん演じる浮浪者にして元劇作家の慟哭シーンのスポットライト。
    音響ー生ヴァイオリンの演奏だが、演奏場所が割れた姿見の中という、自分(人間)という存在と(割れた)鏡という媒介を通して映る者、それは自分らしき者であって本人(実在)ではないことの象徴。対照させる演出としては巧い。打ち捨てられた鞄等を叩き、ストリートミュージックも反体制的な観せ聴かせる効果あり。散りばめられた反骨魂(材料)の数々。

     冒頭、ラストそして要所と思われる場面で北床宗太郎氏の生ヴァイオリン演奏。実に心象的で好かった。物語は、廃屋に岩崎紗也加サンが忍び込み、飛び跳ねたり、独り言を発している。実はこの場所に浮浪者らしき人物が寝起きしている。2人の会話から彼が相当な知識人であることが分かる。そこへ金を隠しに来た小池利一サンも交え、3人で脈絡のない会話が続く。ここまでのシーンが冗長のように思われた。この場所の立ち退きのため、作業員が立ち退き警告。そのうち浮浪者が有名な(元)劇作家で、代表作の受賞を辞退したことで、権威者(体制=現実)にたて突いた異端者扱い。浮浪者に取材と称して過去に経緯のあった記者と浮浪者の議論。端的に言えば現実の肯定(追認)か否定(抵抗)といった論争らしきもの。そして解体作業の轟音が…。
     切羽詰まった状況、スポットライトの中で浮浪者が現実の理不尽を訴える。その慟哭する姿が痛々しい。混合玉石の情報が氾濫(情報操作と攪乱)し思考・判断能力を奪う、受賞という名誉・恩恵で従順を育て批判を封じる、そして牢という獄に身体を拘束する、といった現実に抵抗する。まさしく革命的な行動であるが、その対象となっている現実とはどのようなものか。現実(問題)は一律には括れない。それを観客それぞれが社会に持っている不満や憤り、その想像力に委ねているかのようだ。敢えて言えば、岩崎さんの表現自由、小池さんの全て金といった台詞が残るだけ。現実の理不尽さが解放区側の一方的な主張として描かれているため、批判に説得力を持たない。もう少し物語の中に現実を描き込む必要があった。
     廃墟が劇場跡という設定が妙。劇場という虚構の世界を描く場所、その必要性は現実に疲れた精神(思考等)を解放する所。説明によれば、「ボロボロに朽ち果てた本、失われた言葉は飢えた子供のようにむさぼると、押し殺していた想像力は光よりも早いスピードで宇宙へ解き放たれ、従うだけであったはずの時間は心ゆくまで不規則に流れはじめる」、まさしく演劇の世界観そのもの。それを撤去することは?という問い掛けも感じる。しかし、暗転後のラストシーンは客席に座っていた男性会社員(2年目)が、モラル、コンプライアンスと言ったことが云々、という台詞で今までの緊張感がプッと切れた思いだ。これに抗議するのか。今まで観てきたのは幻想だったのだろうか?

    気になったのが、客席にいた役者。舞台上の役者との会話や強要された撮影によって、現実(社会)との繋がりを持たせる(媒介といった)重要な役どころ。しかし上演前から居るならまだしも、途中から入場し一般客前を横切って着座する。さも遅れてきた一般客を装っているようだが、観入っている本来の観客にしてみれば迷惑なこと。
    次回公演も楽しみにしております。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    主張の強い劇でとてもかっこよかった。味のあるラストだった。

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