『虔十公園林』 『双子の星』 公演情報 『虔十公園林』 『双子の星』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.9
1-9件 / 9件中
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/10/18 (日) 13:00

    「虔十公園林」において主人公の虔十は、近くの森林に入っては笑ったりしているので、子どもからも周りの大人からも馬鹿にされ、蔑まれていた。ある時、親に頼んで苗木をたくさん買ってきてもらい、それを田畑の近くの草がたくさん茂っている土地に植え、伸びるのを待つが、やがて病気で亡くなる。この話を朗読と俳優の動きや表情で表現していて、俳優の演技も役柄にはまって、まるでそこに本当に虔十がいるような感覚に陥った。
     また、その虔十という知的障害を持った青年後の血の滲むような努力によって、虔十が植えた苗木が本人が亡くなった後に、大きな雑木林の空き地となっており、本人の名を取って公園林としてその林が公的な遊び場として市が認めるようになったと言う事において、障害を持っていようが、そんなのは関係ない、その人のしたい事を極めれば、みんなもそのうち認めてくれるというようなことが伝わってきて、感動したし、何か自分の中で勇気が湧いてきた。

  • 満足度★★★★★

    『虔十公園林』を観劇しました。賢治の世界を堪能し、心穏やかに心地良い時間を過ごしました。役者さんの表情や動きも良く、もっと賢治の世界にいたいと思いました。素敵な舞台でした!

  • 満足度★★★★

    『双子の星』観ました。期待通りのファンタスティックな賢治の世界を堪能できました。

  • 満足度★★★★★

    「双子の星」2020.10.18  オンライン公演 J-Theater

    ネタバレBOX


     心が洗われる賢治童話は、その擬音の用い方も巧みである。またチュンセ童子、ポウセ童子を演じる二人もキチンと役を生きている殊にポウセ童子役はその度合いが高い所が素晴らしい。蠍を助ける時の二人の命懸けの共闘は、単に仲が良いというレベルではなく殆ど一心同体の運命共同体の理想形を為している。この辺りの描き込みも流石に賢治ならではの強さを持つ。(第一話)
     ポウセ童子とチュンセ童子の二人を裏切り・誑かして海に落とした箒星の減免を願う二人の星たちの優しさが観ている我々の魂を浄化してくれるような作品。海に落ちた二人が雨の上がった天の川を見るシーンの切なさが心に沁みる。(第二話)
     本当に二日間のみの公演が勿体ない。ぜひ再演して頂きたい。
     
  • 満足度★★★★★

    「虔十公園林」2020.10.18 オンライン配信版

    ネタバレBOX


     昨日、生で拝見したが、本日はオンライン版で拝見。矢張り臨場感が随分異なる。虔十の衣装に若干差があった。腰に巻いた縄が自分の目が悪くなったせいもあってか、昨日はハッキリしなかったのだが、本日はくっきり見えた。最も変わった点が、本編終了後の「永訣の朝」朗読である。より賢治の悲嘆が強く表現されていた。惜しむらくは、次に読まれた「雨ニモマケズ」の朗読との間にもう少し長く間を取って欲しかった点である。「永訣の朝」の悲嘆を観客がじっくり味わう為に。
  • 満足度★★★★★

    『虔十公園林』 を観劇。西田敏行さんの声と塩田さん演じる虔十でとても癒されました。
    他の作品の朗読も聞きやすく心地良い時間でした。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/10/18 (日) 15:00

    「双子の星」観劇
    宮沢賢治の世界を堪能できる。声に癒される舞台

  • 満足度★★★★★

    「双子の星」この舞台も2日間だけで終えるのは勿体ないと感じた舞台である。

    ネタバレBOX

     双子星には、可愛らしいチュンセ童子とポウセ童子がそれぞれの宮を持ち、星巡りの歌に合わせて陽が沈むと銀の笛を毎夜吹奏していた。双子の星だからか、賢治は二つのお話を書いて一篇の作品としている。何れの話の内容も素晴らしく甲乙つけがたい。話の内容は措くとして、上演関係者について書いておくとしよう、チュンセ童子を演じた三浦 小季さん、ポウセ童子を演じた松尾 美羽さん、お二人とも若い女性である。お二人の息の合った朗読からは、チュンセ童子、ポウセ童子の愛らしく、純粋で優しく健気な童子たちの性格が見事に表象されていて好感を持った。水先案内役を務めた高橋 恵子さん(こちらはCD音声)の立ち位置は、賢治を客観的に捉え、提示するという姿勢を感じた。水産高校出身の自分の知る水先案内人というのは、甲種1級免許を持ち、長年世界の海を船長として航行してきた当に最高のプロフェッショナルである。(因みに今は法律が変わってこういう資格そのものが無くなったかもしれないのだが、要するにどんなに大きな船でも、地球上のどの海域を往く船でも船長になれる、バイクで言えば限定解除の船長だ)客観というのを厳密に捉えれば、無論、物理法則とか、数学の定理とかになるだろうが、ここでは、修羅場で常に正しい判断をし得た人が多くの他者から信頼され次の判断を任されるような人物の判断基準と一応しておく、高橋さんのナレーションには、少なくともそれを目指している態度を感じた。その背景上で、若い二人の女性が舞台上でいとけなさ(*ここでいう“いとけなさ”は所謂辞書の解釈ではない。人間は100に生まれ、1になって死ぬというようなことをヴァレリーも言っているが、存在の持つ可能性を指している。そして存在とはあらゆる論理に対し先んじて在り、存在そのものに対して現在の我々の知性は殆どその実体を解明していない。故に誉め言葉としてここでは用いている。)を出した演技が過不足なくチュンセ童子、ポウセ童子のキャラクターに呼応していた。
     無論、今作でも多くのベテラン俳優が声の出演でサポートしているが、こうやって若手を送り出す努力を続けてきたJ-Theaterの活動にも賛意を表したい。
  • 満足度★★★★★

     虔十公園林を拝見。2日間しか上演しないのは、惜しいと思わせる舞台である。

    ネタバレBOX

     演者は1人、虔十を塩田 貞治氏。未だ若い役者さんだが伸び代はありそうだ。語りは西田 敏行さんがCDに録音して下さったものを用いている。他の様々な登場人物も矢張り声のみの出演である。西田さんの語りは、この作品を読み取った西田さんの哲学的な話から始まる。哲学と聞くと堅苦しい感じがするかも知れないが、そんなことは無い。賢治の魂の本質を実に良くまた深く捉えた西田さんの言葉は誰にも分かる平易な言葉で実に深く安らぎのある、そして本質をキチンと踏まえた語りである。塩田氏とは終演後、少々、話をすることができた。本当なら明日の公演も拝見したい所だが、生憎予定が入っていて拝見する訳に行かぬが舞台側面とホリゾントの手前に虔十の植えた杉の木が在る他はほぼ裸の舞台に照明が季節の移ろう光を作り出してくれる。原作の内容の素晴らしさを西田さんの語りが、そして他者の意見を聞く耳を持つ若い演者、塩田氏のまともな感性が、それらを包み込むような音響が引き立たせてくれる。

このページのQRコードです。

拡大