野鴨 公演情報 野鴨」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.8
1-12件 / 12件中
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/03/28 (土) 13:00

    座席3列

     ハツビロコウが「野鴨」を上演すると知った時、ついにやったな、という思いが沸き上がった。もちろん、ハツビロコウの役者、演出、志向性あるいは体質というものを鑑みた時に出た心情で、以前から「野鴨」を演るべきだと思っていたわけではない。ただ、とても上演自体がしっくりきたのだ。イプセンであっても「民衆の敵」でも「ヘッダ・ガブラー」「人形の家」、もちろん「幽霊」でもなく、イプセンを上演すべきだと思ったこともなく、それはただ「野鴨」だから。

    舞台を盆栽に例えると、今回の舞台には細かい剪定、意図的な構図、宇宙観・自然観の投影というものがない。ただただ、ハツビロコウという盆の上で、幹の強さのみで作品を成立させている。それは、盆栽を盆栽でなくす、つまりは舞台を舞台ではなくす。しかし、そんな惧れをものともせず、ただ自生のみがハツビロコウの「野鴨」であるというような、強烈な自負が、この舞台には芬々と漂っている。

    だから、この舞台はシンプルだ。登場する人物に何の癖もない。これは驚くべきことだ。イプセンの芝居を純化することはかなり難しいから。イプセン舞台に登場する人物は、シェイクスピア作品の登場人物のように、ニュートラルな存在ではない。役者が脚本を読み込み、場面の推移を演じる中で想起し、引き起こされる結末に向かい意図をもってしまう。
    だから、ついイプセンの作品では、「無作為の悪意」「純粋なるが故の愚かさ」「諦念を装った怨嗟」「勇気に見せかけた蛮行」等々がしばしば演じられる。いや、そう演じるように仕組まれていると言ってもよい。

    この舞台はどうか。グレーゲルスはけして、よく言われるような「正義病」ではない。ヤルマールもけして「平均的な人間」ではない。彼らそれぞれにレッテルを貼り、彼らの愚かさを論うことを、演出の松本光生氏は敢えて廃除しているように思える。「この作品が言いたいことは、そんなことじゃないんだよ」と。
    グレーゲルスは、友人を思慕し敬愛する、純粋な理想主義者だ。ヤルマールは自己の才気と器量の矮小さに気付き怯えながら、自分を鼓舞する声と支える愛情を信じ、苦悶しながら生きる1市民だ。誰が彼らを非難したり、彼らの言動を蔑んだりできようか。
    そう、イプセンは彼らを物知り顔で批評する観客自体を、横目であざ笑っているような気がしてならない。それも意地悪気に。

    舞台ラスト、演出家自らが演じるヴェルレが、彼を慰めようとする使用人を遠ざける。音も声もない世界に浸りながら、ただそこで起きた事実を慈しむように(悲しむようにではない)ヴェルレは暗転の中にフェードアウトしていく
    ただ、そこで起きた不可避でありながら、あまりにも儚い死への哀悼を包み込みながら。

    何とも何とも力強い舞台だったと思う。

    葵乃まみ氏のヘドヴィクが好演。この役が「野鴨」の焦点、彼女の心情にどれだけ観客が踏み込めるかが、舞台の成否に関わるから。
    そして、グレーゲルス役の石塚義高氏が、驚愕のピュアさをもってエクダル家を蹂躪する。
    こんなグレーゲルス見たことない。

  • 満足度★★★★★

    本日千秋楽の舞台二つを、たまたま隣の劇場で時間をおかずに観劇。濃厚な時間に消耗気味だったが、両作とも睡眠時間ゼロであった(最近では珍しく)。
    初の演目だったが、恐らく戯曲は刈り込んでおり(序盤で説明省略の跡に気づいたが、他は違和感全くなし)、今回も緊迫感に満ち満ちた、恐らく原作世界がしっかり具現されただろう舞台。人物が見え、関係から生まれる様相が見え、その結果に納得させられ、共に不安がり、安堵し、悲しみ、悔しがりしながら、傍観者であるもどかしさに歯ぎしりし、拳を握る130分であった。

    ネタバレBOX

    余計なお節介で人の生活をぶち壊すグレーゲルスという(本人は正義だと信じて憚らない)ご仁がいるんだが、舞台上のそいつん所へ行き、スリッパで頭をはたきたい衝動に何度も駆られた・・・儂も辛抱のでけん人間になった。
    (もっとも安倍某という輩には、頬に手加減なしのスリッパが丁度いいと思うとるがな。)
  • 満足度★★★★★

    イプセンの名作、期待通り、すばらしかった。
    [何があっても、懸命に、生き続ける本当の人間] 、役者さんのすばらしい演技力で、見事に表現されていました。
    北欧の雰囲気、効果音、音楽、衣装、全て味わいながら観ました。
    コロナ対策も、徹底していました。
    これからも応援します。本当に満足しました。観てよかった。

  • 満足度★★★★★

    レリング医師が「愚かで馬鹿な男」と言い放つシーンがあるがまさにそんな男達の話と頷きながらかなり見入ってしまいあっという間の2時間10分でした。
    残念だったのはまだ観劇途中でスマホで時間を何度も見ている人がいたのにはがっかり。それも演劇関係者らしかったがいい加減に観劇マナーを守ってほしい。

  • 満足度★★★★★

    面白かったです。と言うとちょっと語弊があるかも。
    しかしなんだかみんな社会とかけ離れて生きている感じがしました。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/03/26 (木) 19:00

    125分。休憩なし。

  • 満足度★★★★★

    面白かったです。

    ネタバレBOX

    家族を愛し、発明家になることを夢見て生きて来た男が、お節介で理想を追求する実業家の息子から娘の出生の秘密や、そもそも男や男の父親が実業家の庇護のもとにあったことなどを教えられ、精神が錯乱し、娘に辛く当たったことで娘が自殺するという話で、まるで男の家の小屋の疑似自然の中で飼いならされ家畜化した野鴨のようだとする話。

    分かり易い伏線がたくさん散らばっていました。

    今年三作品目のイプセンでした。特許を取って一獲千金を狙うというのが今回の経済活動の一項目でした。当時は電話などの発明に啓発された人が多かったのでしょうね。
  • 満足度★★★★

    この劇団というかユニットの舞台には、独特の暗いトーンがあるように感じる。そのトーンに合う台本を毎回的確に選んでいるように思う。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/03/26 (木) 19:00

    くっきりしたキャラとキャスティングの妙を堪能。
    深刻な事態を、離れたところから冷やかに見るイプセンは、だが
    この愚かしい人間をこよなく愛している。
    「正義」が己の行動の判断基準であるうちは結構だが、
    他人の価値観を攻撃した時、それは単なる“はた迷惑”でしかない。

    ネタバレBOX

    舞台にはぴんと張った白いクロスがかかったテーブル、
    赤いバラの細い花瓶が中央に置かれている。

    明転すると、上手の隅にひとりの老人が立っている。
    長いためらいの後、ようやく声をかけようと前へ歩を進める。
    彼は奥へ通されるが「帰りは裏から出るように」と言われる。

    実業家ベルレが仕切る町の、ここは彼の屋敷だ。
    冒頭のみじめなエクダル老人はかつて彼と共に事業に携わっていたが
    ある事件の責任を押し付けられて転落。
    ベルレは罪滅ぼしのつもりか、エクダル老人に毎月“仕事”を渡している。

    ベルレの息子グレーゲルスは、そんな父親を嫌悪し、激しく罵る。
    自分の幼馴染でもある、エクダル老人の息子ヤルマールは
    ベルレのかつての愛人ギーナを当てがわれて結婚、何も知らずに娘を育てている。
    グレーゲルスは、すべての秘密を白日の下に晒して出直すのが正義だと主張、
    ヤルマールにギーナの秘密を告げ、真実を知ってからが本当の夫婦だと言うが・・・。

    「正義」を振りかざして余計なことをする青二才…、と思っていたら
    言われた方のヤルマールも“愛と憎しみは紙一重”みたいに
    罪の無い14歳の娘を拒否し、ひどいことを言って深く傷つけてしまう。
    そして娘は「一番大事なものを手放すことがお父さんへの愛情の証」という
    グレーゲルスのまたまた理想論に影響されて、
    大事にしていた野鴨を殺すことを決意するのだ。

    救いの無い展開ながら、欠点の多い人々が人間臭くリアル。
    力のあるものがゴリ押しをして、弱者はそれを受け容れるしかないという構図は
    いつの時代も変わらず普遍的なテーマだ。

    撃ち損ねたために湖の底から犬に拾われ飼い慣らされた野生の野鴨は、
    現実を受け入れた少女そのもの。
    自らの胸を打ち抜いて野生に還る。
    母ギーナのようにしなやかに生きるには14歳は若すぎるのだ。

    終わってみれば、実業家ベルレと、その再婚相手セルビー夫人の
    互いのことをすべて打ち明け合った上での結婚こそが
    皮肉にも“正義の息子”グレーゲルスの理想形だ。

    ベルレ(松本光生)とセルビー夫人(和田真季乃)が俗物的なのに大変魅力的。
    14歳のヘドビックを演じた葵乃まみさんがドハマリで年齢の無理感ゼロ。
    ベルレに影のように付き従う使用人ペテルセン役の井手麻渡さん、
    極端に台詞の少ない役ながら、その微妙な表情や間で何と豊かに語ることか。
    飲んだくれのレリング医師を女性にしたところは少し驚いたが、考えてみれば
    別に男性医師である必要はない。
    熱血漢らしい台詞に説得力があった。

    ラスト崩壊した家族の跡に座るベルレにペテルセンが告げる。
    「(グレーゲルスは)これからも理想を追求していくそうですよ」
    ったく懲りない奴だ。
    欠点ありまくりの人々がくり広げる劇的なドラマはイプセンの独壇場。
    私の人生もまた俯瞰して見れば、こんな風に愚かしく可笑しなものなのだろう。



  • 満足度★★★★

    原作が・・・レトロだなぁ・・と感じましたが
    それを役者さんが丁寧に演じていて
    小道具とか
    間とか
    と出来が良く
    対感染症にも心配りが良かったデス

  • 満足度★★★★★

     会話のやりとりに、にんまりするところがたくさんあった。熱演で二時間十分、あっという間に過ぎた。日本人が演じるのだから、外国人らしくなくても十分、楽しめる。

  • 満足度★★★★★

     兎に角、素晴らしい。イキナリ釘付けになり、ノンストップで130分、その状態が続いた。終演後、頭の中をイマージュが走り回って今日が何日だったか不分明になった程。(華5つ☆)後ほど更に追記する。タイゼツ、ベシミル❕❕

    ネタバレBOX


     選ばれている原作、見事な脚本と演出、キャスティング、卓越した演技、音響センスの良さ。やや昏めの照明は、登場人物たちをレンブラントの絵画に描かれたように印象深くくっきり浮かび上がらせ、決して単調ではなく自らの意図したようにはならぬ人生というものの移ろう姿と、富・社会的地位や名声、誰もが羨むような伴侶に恵まれながら而も決して幸福とは言い切れない人の世の定めと、我々がそこに立っていると信じていることや大地が実はそのまま底なし沼でも在り得、而もその底なし沼に棹差して懸命に生き、より良くあろうとあくせくするというリアルを映し出して見せる。
     我々は普段、分かったようなフリをして生きてはいるが、無論一寸先は闇。誰が何を正当だと言おうが言うまいが人生に於いて何が正解かということなど凡そ分かったものではないという事実を、今作ほど端的に表し得た作品はそうあるまい。

このページのQRコードです。

拡大