愛する母、マリの肖像 公演情報 愛する母、マリの肖像」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.1
1-9件 / 9件中
  • 満足度★★★★★

    キュリー夫人の後半生を描き、史実を元に作られた話に引き込まれる。脚本は去年知った劇団チョコレートケーキの古川健。近代史を緻密に舞台化して知的好奇心をくすぐられるこの作風、凄く好き。

  • 満足度★★★★★

    キュリーさんの苦悩がよく描かれていたように思う。コメント書いたつもりになってましたが、とてもよかったということしか覚えてない。

  • 満足度★★★

    チョコレートケーキ古川さんの脚本ということでゴリゴリに厚い、人と歴史を感じる作品
    強い意志、強い信念、強い執念
    その強さを支えるものは科学者としての業
    生み出したものへの責任と人としての情にもがき立ち向かう姿
    ちなみに長女イレーヌはツンデレ

  • 満足度★★★★

    面白かった

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2020/03/11 (水)

    キュリー夫人の一生を娘たちの視点からたどるお芝居。「女」であることの生きにくさ、そして逞しさ強さがいい感じに出ていて感情を揺さぶられた。

  • 満足度★★★★

    どこの国も、黎明期は女性受難ということが伝わってきます。ノーベル賞2回という傑出した成果の背景に、あんな人間的など"ドラマ"があったとは思いませんでした。古川作品がいつもの日澤演出でないと、あんな感じになるのかと興味深い。放射能が良くわかっていなかった当時、研究者は被ばくしっぱなしだったことも良くわかります。日本人がでてくるのですが、あれはどうやら実在の人物ということがあとからマリ・キュリーのwikiでわかってちょっと驚き。次作も楽しみにいたしております。

  • 満足度★★★★

    非常に静かなお芝居だったことが印象に残っている。
    音が少なく、客席の呼吸音までもが邪魔になるほど。だんだんと舞台に入り込んでいくと客席まで静かになっていた。が、この種類の作品では仕方のないことなのだけど合わないかたは眠くなりますよね…寝息に苦笑した時間がありました。
    M0はマリ・キュリーの祖国ポーランドを意識したのかなと感じさせるスラブ系のメロディ。開幕するときにだけ舞台のある場所が輝きます。ラジウムのあかりを意識しているんだろうと分かります。そして舞台美術はまさにラジウムを取り出すために大量に必要だったといわれる岩石をイメージしたんでしょう。

    しかしこういった知識がある観客には、この作品は物足りなかったのでは。
    古川作品はわたしにとって2作目であるが、2作とも”ちょっと足りない”。
    ただし今作では女優・山像かおりがその脚本の不足を補って余りある力を発揮していた。これこそが演技だと感じさせてくれる。冷静と情熱、マリ・キュリーの信念を感じさせてくれる。舞台の上で生きて死んだことが実感できた。
    理系の知識が無いことでこの作品の観劇を忌避する必要は無い。
    ひとりの女性の生き様を受け取る貴重な観劇になるだろう。
    とはいえ、あまりに淡白、さらっとしすぎている感じもあって物足りない。
    ただの伝記になりかねない、というか、ほとんどそうだろう。どこかで古川さんご自身がこの作品について「あまい」と記述されていたのはその通りと感じる。
    ☆は4つとさせていただく。

    ところで山田延男について。
    この名前は知らないと思ったし、お芝居を観て「そんな都合良く作って」なんて思ってしまったが。どうやら近年(ここ25年ほど)ご子息によりきちんと調べられ、ほんとうにキュリー夫妻の長女イレーヌと共同研究をし論文を発表していること、帰国後もやりとりがあったこと、初めて知ることとなった。空襲により史料が焼失してしまったことは残念である。
    天才たちは相次ぐ体調不良を放射能の研究によるものと当然考えたが、証明は先のこととなる…そこに絡む感情も、山像かおりさんのマリ・キュリーはしっかりと表現されていたと感じる。

    放射能の名付け親たる「キュリー夫人」を語る作品を3.11に解禁すること、その意義、挑戦には敬意を払いたい。(もちろん、新型ウイルス禍の中公演を実施くださったことにもだ)
    100年前の言葉が突き刺さる。
    人間の知は、未だ彼女が名付けた”息子”を制すことができない。

    ネタバレBOX

    作品には入り込めたのだけど、いかんせん脚本が弱い。
    知っていることの羅列、並べられただけでは、ちょっと苦しい。そこはこちらの問題であるが、ううーんというのが正直なところ。

    山田延男の訛りは必要だろうか。
    この作品に息抜きが必要?
    どうも自分の好みではない。

    姉妹の確執は知らなかったが、考えてみれば無理もないこと。
    7歳離れた姉妹、妹は父親を覚えていない、母親は家に居ても研究のことで頭がいっぱい。突如父親を喪った姉は母親を神格視する。科学の道をドロップアウトした妹は一家の中でいつまでも赤ちゃん扱いである自分を分かっている、身内でありながらも外側から一家を見る。
    その姉妹を包み込むラストシーンには宗教歌がかかりまさに宗教画を見ている気分になった。

    冒頭からほぼ平坦だった芝居がラストでだけ突出していたような印象だった初日。
    これがどう変わっているか。
    大阪で見届けたい。
  • 満足度★★★★

    物語は虚構であるべき…なぁーんて
    何となくそんなふうに考えていたん
    なので実在の人物を描いた作品には
    余り興味が無かった
    でも良いものは良い…当たり前のことを
    今日学んだ
    科学に対する純粋さと直向きさ
    観ていて背筋がピンとなった
    前田さんもアガリスクでは見られない
    シックでアダルトなオーラが出てました

  •  上演時間は休憩無しで約1時間50分。

     ジェンダーや国籍による差別や偏見に毅然と
    立ち向かい科学の真理を真摯に探究した女性科学者を核に
    その周りにいた者たちも含めた姿を、彼らの回想を通して、
    観客との適度な距離感で、活写している評伝劇。
     『コペンハーゲン』、『フォトグラフ51』、
    『インコグニート』などの海外戯曲にみられる、専門性に
    ぐっと踏み込むことで生まれてくる深みや説得力という点では
    やや弱く、また、すでにしっかりした伝記などの資料を読み
    造詣が深い方には内容的に多少物足りないかもしれないが、
    ラジウム研究所(キュリー研究所)に留学した最初の日本人科学者
    であり、放射線研究での被爆障害で亡くなった山田延男さんを
    登場させていたのは好印象。

     趣きはやや異なるが、科学者の有り様や科学の光と影も
    描かれていた作品ということで、東京国際フォーラムの
    こけら落とし公演の1つとして上演された『東京原子核クラブ』が
    なんとなく思い出された。

     ちなみに、量子力学が完成するのが1920年代後半、
    ハーン、シュトラスマン、マイトナー、フリッシュによる
    (特にウラン235)原子核での核分裂反応の存在の発見が1938年、
    フランスのジョリオ=キュリー、アメリカでのフェルミ、
    シラードらのグループの研究で、それが連鎖反応を可能
    とすること、その際に多大なエネルギーが解放されることが
    見出されたのが1939年(第二次世界大戦勃発)。

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