東京ノート・インターナショナルバージョン 公演情報 東京ノート・インターナショナルバージョン」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.9
1-7件 / 7件中
  • 満足度★★★★

    ■約120分■
    舞台上に多くの外国人がいることで、劇世界では世界戦争が起きているのだということがより強く、より体感的に伝わってきた。

  • 満足度★★★★

    international ver.を観劇。過去に触れた東京ノートの「編曲版」(2本)よりもオリジナルに近い事がうかがえ、平田作品の中でも高クオリティたる所を感知した。「静かな演劇」興隆の起点となった代表作を放置していた不勉強を自戒。だがまだオリジナル版は観ていない訳である(観劇するつもりだが、さて..)。

    このバージョンの評価すべき点は、帰属国(地域)の多さだ(台湾・韓国・タイ・フィリピン・ウズベキスタン・ロシア)。登退場は整理されているがブツ切り感は無く同一空間を共有し、共存し、世界的広がりの中にある我らがニッポンを意識させた(韓国人の比重がやや軽め、他、語り切れないものは多々残したにしても)。

    美術館のロビー(展示スペースは別にある)には登退場ルートが上手下手各2、計4箇所あって(セミ)パブリック性高く、終盤日本人の親族らが漸く揃ってプライベートな会話になる所などは「美術館でそういうノリ?」と若干訝ったが、概ねリアルに収まっていた。
    印象づけられたのは俳優の「演技」。従来の平田オリザ演出舞台の俳優の印象は、舞台を構成する一機能として存在する抑制された佇まいであったが、これは戯曲の要請なのか何か別の要因があるのか、キャラクターと不可分な微かな心情の動きが舞台上に覗いている。如実にそれを感じさせたのは松田弘子演じる「長女」であったが、その長女と他の家族を待つ時間の仲良しな話し相手である義妹(能島瑞穂)や、佐藤滋演じる男等も、陰影が深く脳裏に刻まれた。

    思い出せば、随分前に観た平田オリザ演出・松田正隆作「夏の砂の上」は衝撃で、戯曲の音譜を正確無比に再現したかのようであった。感情面も正確無比を期したのだろうか、とすればどのようにして・・。今回の演技の温度の通った印象は、それと通ずるのかそうでないのか。
    ・・回ごとに異なる範疇の現象を大層にピックアップしてるだけかもだが、台詞に裏づけられて行くキャラと、心情が溢れるような長女の動きには凝視させるものがあった。

    ネタバレBOX

    ・・思わせぶりなシーンにしたかったのかもだけど、しおらしい空気だけ作って「感情移入のきっかけ作ったから乗っかって頂戴」って言われても、説明なさ過ぎだし、観る側の自由つったってそれに乗っかんないと劇的気分味わえないんじゃ、それ誘導じゃん、自分の手は汚さず、手抜きちゃう?
    ・・と無言ツッコミ入れたくなる事が平田オリザ舞台にはしばしばあったが、今作はそれを感じる所がなかった。(・・結局ディスってしまった失礼。)

    たまたま翌日SPAC「メナムの日本人」を観た後のアーティスト・トークで演出担当した今井朋彦氏に芸術監督宮城聰が、素朴な質問をぶつけていたのが印象的であった。それは俳優の演技の質に関わる質問で、曰く、細かな心理の動きを舞台上に見える形で表わされていた事に感服したが、どのようにしてそれを引き出しているのか、俳優でもある今井氏の舞台経験から出て来たものなのか・・自分には出来ない事。私もそういう演出が出来たらいいな、と思っている、という赤裸々な告白をしつつサラリと訊ねたのであった。
    今井氏の回答はテキストに即した演出をした以上の事はない、という事であったが、要は俳優の仕事としての「演技」に演出家としてコミットせず、演出家が行なう仕事をもっと別の所に見出していたはずの宮城氏がこういう質問をした事が私には興味深かった。
    新劇とは言わぬまでも「演技」とは人物に「なる」事で舞台上に出現させる事であり、俳優の仕事は演技である、という基本的・普遍的な定理に宮城氏は「回帰?」しようとしている・・
    平田氏にも同様の曲がり角にある?などと想像したのだったが、騒ぎ立てる程のこともないか。
  • 満足度★★★★

    近未来2034年の東京。初演1994年の時は2004年の設定だった。でも、作品の内容に、この年号はあまり関係ない。上演時点での風俗が書かれているわけではないから。ヨーロッパでなにかの戦争が続き、美術品が東京に大量に疎開してきている。その美術館のロビーをいきかう、様々な人・グループの会話、という内容である。

    日本人同士のたわいのない会話に比べ、フィリピン人、ロシア人(今は日本国籍取得)、アメリカ人たちの会話に、生き方や政治社会観の違いも込められていて、彼我の差が感じられる。当の外国人のセリフにも「日本人はこういう話を嫌うから」とある。またフィリピン人が平和維持軍にはいるというのを小耳にはさんだ、日本人が「戦争はんたーい」と皮肉る。こんなところにも、日本人の平和意識の強さと、軽さが、海外との対比で示されている。
    日本人だけのバージョン以上に、それぞれのグループの違いが民族や国の違いと重なって意味を強めている。
    このあと、通常バージョンを観る予定だが、この違いは、どう感じられるだろうか。

    「セミパブリック」を場面のキーワードにする平田オリザだが、「セミパブリック」の度合いは、作品により大分違う。「東京ノート」の美術館ロビーは、最も公寄りの設定である。互いに全く知らない7組が互いに知らないまますれ違うので、「ソウル市民」や「冒険者たち」以上に、人間関係は薄く、乾いた雰囲気の舞台である。

    多国籍のスタッフで作ったという舞台美術が面白い。天井から垂れ下がった、白い長いモビールのような装飾など、美術館の雰囲気をよく出してい

    ネタバレBOX

    中学生のおんなのこがときどきあらわれて、美術館客に「日本人の方ですか?」「はい」「じゃ、いいです」と、素っ気無く去っていく。この会話が何故か面白く、観客もみんな笑っていた。聞くと、この中学生の井垣ゆうさんは、豊岡のワークショップで発掘された豊岡の本当の中学生である。WSがよかったので、東京公演でも、出てもらっているとか。これは拾いものである。
  • 満足度★★★★

    フェルメールは凄いと思いますが。

    ネタバレBOX

    ヨーロッパが戦争中のため大量の美術品が避難してきて展示されている日本のとある美術館の休憩スペースを舞台に、様々な国の人たちの往来を定点観測することによって彼らの諸事情を窺い知ることになる話。

    フェルメールの絵画が日本に来ること自体がどれほど大変なことなのかという初演当時に比べ、2018年のフェルメール展を含め多くの作品が来るようになった今日では、非日常さ示す驚きの度合い、即ち『東京ノート』の衝撃度は大幅に低下したのではないかと思われます。

    バイリンガルが当たり前になると、思わぬ人に思わぬことが聞かれてしまうということが多発しそうですね。
  • 満足度★★★★

    ネタバレ

    ネタバレBOX

    平田オリザ『東京ノート・インターナショナルバージョン』を観劇。

    言わずと知れた90年代小劇場の最高傑作で、今作は国際版。

    欧州では戦争が起きていて、各国が美術品を守る為に、日本の美術館で保護してもらっている。だからか沢山の美術品が一同に会しており、あのフェルメールが全て揃うくらいの勢いだ。
    そしてたまたまその美術館にいた日本人、中国人、台湾人、韓国人、フィリピン人、ロシア人、アメリカ人たちのロービーでの僅かな時間を描いている。
    平田オリザの同時多発の会話劇を、多言語を巧みに操って展開していく。そこでは家族同士の些細な問題から、個人が抱えている悩み、戦争への参加、不倫問題、戦争反対などの会話が各々で繰り広げ、群像劇ながらも、殆ど他者が交じり合う事もなく、静かに進んでいく。勿論、物語には起承転結もなく、彼らの会話を盗み聞きするような感覚だ。
    そして彼らが抱えている問題は何も解決する事もなく、終演を迎えるのだが、その瞬間に「一体何だったのか?」という疑問に落ち入るが、「戦争も個人も、人間にとっての悩みに大きな隔たりはない」と気がつく事によって、テーマに辿りつけるのである。
    やはり何度観ても、傑作は傑作ある。

    平田オリザが今作を作った事によって、過去の演劇史を全く変えてしまったのは事実だが、それ以上に彼を超える新しい劇作家が、未だに登場してこないのは大問題である。
  • 満足度★★★

    鑑賞日2020/02/06 (木) 19:00

    115分。休憩なし。
    日本語が分かれば、観劇には問題なし。

    ネタバレBOX

    後日記載。
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2020/02/07 (金) 19:00

    色々な言葉が飛び交いながら、美術館でのゆったりとした時間に交わされる会話が面白かった。
    アフタートークでの平田オリザさんの話も興味深く楽しめた。

このページのQRコードです。

拡大