ローマ英雄伝 公演情報 ローマ英雄伝」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.2
1-5件 / 5件中
  • 満足度★★★

    鑑賞日2019/11/10 (日) 17:00

    座席7列11番

    恒例のMSP、今回は「ジュリアス・シーザー」と「アントニーとクレオパトラ」の2本立て。実際には、前半と後半として上演することで、一本の「ローマ英雄伝」としているのだけれども。

    どんなジュリアス・シーザーが演じられるのかと思ったが、毎年感じる学生演劇の壁、やはり相応の年輪が感じられないのが、ちょっとつらい。他の元老院議員や長老たちも同様に。
    (とはいえ、かなり嵌っている人もいたので、それはそれでよかったのだが)

     前半はブルータス役、後半はクレオパトラ役が見どころ。それぞれの気品と苦悩をよく演じ切っていた。バンド演奏も舞台進行の抑揚をうまくコントロールしていたし。

    まあ、一種の学生による研究成果発表であり、あまり細かいことを言っても始まらない。ただ毎年、一見の価値はあるなあと感心している。

    昨年は未見だったのだけれど、今年は先着順に座席指定できるのはよかった。早く来て時間を有効に使えるしね。

  • 満足度★★★★

    二、三年前に見逃し、今回漸く拝見した。粗筋も知らない2演目だったが、何処を伐っても間違えようのないシェイクスピア劇。
    今年16回目になる一大プロジェクトはプロも関わって大学の伝統行事の感。無論、制作責任者、演出とも現役学生で、会場の雰囲気から俳優らの立ち姿まで、やらされ感ゼロ。入場料もゼロ「ただ観ていただく」スタンスで、採算性に取られるエネルギーを作品(公演)に集中してやりきっていた(そこだけは学生演劇。贅沢)。大型のホールは新国立中劇場くらいだろうか。だが元気よくやってるので二階席でもよく見え、聴こえた。

    舞台の方は、古典なれば上演主体なりのやり方、その時代と場所なりの切り口を見たい思いがあるが、(自分の中に比較対象がない事もあるが)溌剌とした作品紹介を有難うという所であった。ローマに疎かった(塩野七海読まないし)自分には話じたい新鮮。興味が芽吹いた。シェイクスピア史劇の、史実と脚色の境界についても。
    上演順で言えば「ジュリアス・シーザー」は純然たる歴史劇であったが、「アントニーとクレオパトラ」がユニーク。始まりはエジプトにて、クレオパトラとアントニーの恋愛喜劇の様相(ここは演出かも)、第一部(シーザー)とガラリ空気が変わるのが良い。だがやがてローマ三頭政治の権力淘汰のシビアな局面へと一挙に変貌し(何かあるとすぐ戦争)、真顔な史劇のタッチとなり、最後はクレオパトラの高潔な死に終わる悲恋物。
    学生らは喜劇調において優れ、武勇を若い一途さで表現したが、人生経験が物を言う側面に弱いため芝居の輪郭はその分だけ平板にもなるが、主役のうちクレオパトラ役は闊達なコメディエンヌぶりを発揮、人物の幅としてはアントニー役が若年なりに力演し、芝居を大きくまとめた(この役のサイズがそのまま芝居のスケールになる)。最後にアントニーから逃げ出すも悔いて自害に至る臣下イノバーバスの存在感もあった。
    恐らく他の臣下も同様、役者たち自身と役の年齢は近いせいだろう、人生の春を謳歌するはずの彼らが自刃する姿は妙に生々しい。理想や大義や倫理のために命を捨てる向こう見ずは若い世代の特権であり、社会変革の主役も同様の意味で若者であるはずのものなのだが。。(沈黙)

  • 満足度★★★★★

     流石に明治大学シェイクスピアプロジェクト。今回の公演ではシャイクスピアの2本の脚本をローマの英雄という括りで一挙上演。とありきたりな評を書いても仕方がな!(華5つ☆)追記後送、色々、書きたいことがあるのでちょっとお待ちを!(
    1回目追記。2019.11.11)

    ネタバレBOX

    「ジュリアス・シーザー」では、民衆を操る「政治」というものの本質が、キャシアスによって身体化されると同時に民主主義と独裁(ディクタトル=終身独裁官)との本質が描かれているが、平民や群衆を統一されたダンス表現で表す演出は、当に「国家」がその「国民」によって支持され共同幻想として成立しているという本質を表して見事であると同様、視座を変えるなら、国家の為政者共が仕掛けた罠に過ぎない国家という共同幻想によって、そこで力を揮う卯為政者共を偉いと認識することによってのみ逆転する価値の転換が起こる。即ち平民達は恰も国家とそれを動かす為政者が主、自分達が従であると看做す狡猾な仕組みを表しているのである。キャシアスは、この点を突いた。公共観念の強いブルータスに対してディクタトルになろうとするシーザーが野心家であると焚きつけた訳だ。ブルータスが夢見ていたのは、最終的には、主権者として平民が主体となる民主制だと思われるから社会正義の為にシーザーを屠ったのである。
     因みに冒頭のダンスの見事な統一性は、「国家による教育」によって個性を喪失させ、同一の価値判断と同一の行動パターンを埋め込まれ画一化された個々人が表されている点も見逃すべきではない。こうした点には、現在我が国で着々と進行している為政者共の虚妄を暴くヒントが隠されている。
  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2019/11/10 (日) 12:00

    歴史的に連続性のある作品を2本立てで楽しむことが出来ました。ローマ帝国とエジプトのスケールの大きさ、重厚感もバッチリ。クレオパトラではコミカルな面も堪能。来年も見に行きます。

  • ネタバレになるので何も書けませんが、翻訳・制作の人は丸一年近く、キャストさんは3ヶ月、プロよりずっと長い期間をかけて作品・役を深く深く愛せるのがこのプロジェクトの強みだなと、改めて感じました。
    観客を単なる傍観者にさせない「ある仕掛け」もこの演目にふさわしく、そしてちょっとゾッとしました。
    「あ~楽しかった」だけでは帰れない。シェイクスピアの醍醐味をよくわかってらっしゃる!

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