Yuichi Fukazawaの観てきた!クチコミ一覧

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どっか行け!クソたいぎい我が人生

どっか行け!クソたいぎい我が人生

ぱぷりか

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2026/05/30 (土) ~ 2026/06/07 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★

「愛情と共依存の境界」

 ある母娘と周囲の人々の生活を丹念に描き、親子愛と依存感情のままならなさを浮かび上がらせる秀作である。2022年の初演からキャストを入れ替えての再演となった。

ネタバレBOX

 元夫のDVで離婚した赤木かすみ(渡辺真起子)は、一人娘の初衣(仲美海)を女手ひとつで育ててきた。弟の将太朗(松下太亮)と紗々子(岡本唯)夫婦はやや過保護気味のかすみに折に触れて進言するも、初衣もまた母のことが心配で自分の本心を打ち上げられずにいる。かすみと同じ職場の後輩の柴田(松尾潤)が初衣に東京行きを薦めたことで、かすみの行動は一気にエスカレートしてしまい……

 渡辺は一見ざっくばらんで肝っ玉ではあるが、占いやスピリチュアルなものに依存する弱さを抱え、なかなか子離れできないかすみを丁寧に演じていた。渡辺の動の芝居を仲は終始受け止めるものの、耐えきれなくなり爆発するところが盛り上がって見ものである。2時間近く丁寧に母娘関係を描いた説得力は大きいが、その分暗転と場面転換が多くところどころ集中が途切れる向きもまたあった。
何処へ行くギルガメシュ

何処へ行くギルガメシュ

パスプア

カタリナスタジオ(北海道)

2026/05/21 (木) ~ 2026/05/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「複雑怪奇な世界をコミカルに描く」

ネタバレBOX

「ご存知ですかね。移動距離と成功って比例するんですよ(中略)みんなはじーっと動かないでお金失って、私は動き続けてお金もらっちゃって。どっちが人生の成功に近づいてるかって話ですよね」

 実家を出奔しフードデリバリーとして働くギルガメッシュ(ともか)は、配達先の住人(田中杏奈)が注文した手の込んだ料理の入った袋の先を固く結び、こう言いながら頑なに手渡そうとしない。よい暮らしを満喫しているのであろう住人へのささやかで悪意のある抵抗は、彼女が辿ってきた流転の日々を象徴するような出来事である。

 十字架に似た線画の意匠をあしらったマントが目立つギルガメッシュは、高貴な出であるかのような言葉遣いのふてぶてしい人物だ。地下鉄の乗車ホームに迷い、バイト先の店長に時給の値上げを迫り、車中泊を咎められ警官まがいの詐欺師に金を渡すなど、やることなすことずぼらばかりである。彼女のエピソードを軸にほかの登場人物の出来事が挿話として紡がれていく。ガールフレンド(田中杏奈・二役)の父(町田誠也)に結婚の許しを得ようとするものの、断られ続けて家で延々正拳突きを続けているヒロキ(小倉佑介)に、「桃太郎」の改ざん版を物語る噺家(中禰颯十)や、電柱にからむ酔っ払いのラッパー(中禰颯十・二役)。土地を奪われたから返せと現在の所有者夫婦に迫る侵入者(小倉佑介・二役)に、働くことができず生殺与奪の権利を妻に握られていると嘆く男(町田誠也・二役)など、オチがあるわけでもない不条理な人物描写が続いていく。いったいどこへ行きつくのかと袋小路になりかかるとギルガメッシュの彷徨となり、じょじょに彼女が家を出た理由が詳らかになっていく。

 本作のなかには、階級格差や男女差別、くらしやケアといった現代のさまざまな問題が織り込まれている。しかしそれらを声高に主張するというよりは、登場人物たちの行動にさりげなく感じさせる作りになっている。一貫した筋がないようで当初は混乱したが、観続けているうちにギルガメッシュの物語に繋がっていく。しかしそれよりも本作の主役は、これらの登場人物たちが暮らす奇妙な作品世界そのものである、と私は思う。ギルガメッシュを演じたともか以外はほかの出演者が数役を兼ねるという配役も、観客の誰もが作中の登場人物に自身を投影し、複雑怪奇な現代社会と地続きのこの作品に思いを馳せることに寄与していたのではないだろうか。北海道の地名が出てくるもののやや記号化された舞台設定もまた、どこの誰にも起こり得る物語という趣を醸し出していた。

 作者の強固な世界観に負けじと俳優たちも皆力演・怪演が目立った。ともかはもとより小倉佑介の演じたヒロキが俊敏かつ執拗にガールフレンドとの結婚を申し出るくだりや、兄妹役という設定の中禰颯十とともかによるラップ合戦、ともかと田中杏奈が体の部位を触り合い「あたま」「ひざ」などとその部分を奇妙な声で発話するところなど、印象深い場面が多い。これもまた吹き寄せやボードヴィルのような感覚で観ることができた。

 長旅を終えたギルガメッシュは、偶然出会った男(宮下諒平)といい仲になりかけるところで物語は帰結する。企み深いとはいえ手数の多い本作は、どうしても散漫な印象が残ったところが否定できない。1時間半かけて果たしていまなにを観たのかとポカンとした心地にもなったが、他ではなかなか出合えない作品であることも事実である。
ウルトラソウルメイト

ウルトラソウルメイト

ロロ

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2026/05/15 (金) ~ 2026/05/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「成長して変わるものと変わらないもの」

 ある幼なじみ二人の友情を平成に流行した音楽や風俗を交え、幻想的に描いた作品である

ネタバレBOX

 千葉から福島の浜通りに越してきた立町リリイ(篠崎大悟)は、森でサッカーの練習をしていたときに偶然、同じく転校生の苺辺祝祭(亀島一徳)と出会う。二人はたびたび森の中で遊び、時計台(大場みなみ)と呼ばれる森の住人と心を通わす。成長したリリイはサッカーの名門に進学し、祝祭は地元の森で過ごしていた。近況を手紙を交わしていたものの次第に疎遠になってしまったのは、リリイが進学先のサッカー部で体験した厳しい現実だった。

 本作は誰しも子どもの頃に備えていた純粋無垢な性格が、成長過程で次第に変化していく過程を丁寧に描いている。他愛もない遊びやちょっと怖い体験、部活のハラスメントや見栄を張る嘘といった光景に身につまされる思いにもなった。こうした出来事の積み重ねが大人になるということと同時に、変わらないものもまたあるということを提示したことが作者の想いであると私は受けとめた。主演二人の無理のない成長の芝居や数役兼ねる共演者の達者ぶりも相まって、俳優の芝居が光っていた。特にリリイの心の揺れを丁寧に描こうとした点には好感を持ったし、さわやかながら苦悩する篠崎は力演であった。しかしやや詰め込み過ぎで、特に後半、ひさしぶりの森の場面で祝祭への思いを独りごちる場があまり感興をそそるものにならなかったのは残念である。
音楽演劇「光かもしれない」

音楽演劇「光かもしれない」

エリア51

スタジオ空洞(東京都)

2026/05/20 (水) ~ 2026/05/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「音楽と映像で彩られた宇宙旅行」

 スペース・オペラを音楽の生演奏や映像を交えて描いた作品である。

ネタバレBOX

 人類が電力など生活インフラを生産するための家畜のような扱われ方をされ「旧人類」と呼ばれるようになってしまった遠い未来、旧人類の主人公(徐永行)は、かつて地球でアンドロイド(堀春菜)と友情を育む。しかし旧人類とアンドロイドは敵対関係にあった。自身の記憶を外部装置に移したアンドロイドを探しもとに戻すべく、主人公は自作したロボットのY-3PO(原雄次郎)とともに旅に出る。道中では、主人公が会いたがっているアンドロイドとよく似たウェイトレス(堀春菜・二役)が加わる。高度に技術が発達した未来では、肉体と記憶を引き継ぎ生き続けることができるようになっていた。ようやく2001年目に目的の星に到着したが……

 映画「ブレードランナー」のような世界観を想起させる本作は、前提としている設定がなかなかに入り組んでいるため、作品に没入するには相応の時間がかかってしまったことが残念である。またボーカル入りの生演奏に負けないためか、俳優三名の芝居が上演会場の空間にそぐわない過剰さであったため、細かな台詞のニュアンスが聞き取りづらかった点も惜しい。

 ジャズテイストものからラップ、竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」のカバーなど演奏家たち(ボーカル:鈴木美結、ギター:神保治暉、マリンバ:中野志保、ベース:廣戸彰彦)による生演奏は聴き応えがあり、進行に合わせた映像を舞台奥に投射するなどの工夫が光った。特に主人公がアンドロイドとともにスパゲッティを食べた思い出を回想するくだりの静けさ、ほろ苦い甘さが印象的である。他方で主人公の行動が宇宙検閲なる人物に管理される場面では、その検閲官がただ台本を読んでいるように見え残念に思った。
優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』

優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』

優しい劇団

吉祥寺シアター(東京都)

2026/05/10 (日) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「演劇の生産構造への反旗」

 名古屋を中心に活動する劇団が、東京の吉祥寺シアターで過去作品と新作を一挙に上演する企画である。私が観たどの回も満場の客席で溢れかえっており、劇団の晴れ舞台に多くが喝采を送っていた。

ネタバレBOX

 初日の 「北極星のがなりマイク」は、主催で作・演出の尾﨑優人が十数役を演じる一人芝居の再演である。地球ではない星や未来で演劇に携わる人々の葛藤を、老若男女を問わず1時間半かけて演じ続ける。全容を把握することが難しいほどにさまざまに設定が飛んでいくものの、口跡の良さにつられて最後まで見入ってしまった。ただ一人数役を演じ分ける変身の面白さに見入ったというよりは、尾﨑というエネルギー溢れる演劇人の魅力の提示にとどまった点が惜しい。

 二日目は出演者の顔合わせと稽古、そして本番を1日で敢行「大恋愛シリーズ」のVolume10「夕焼け色のダイダラボッチ」である。ひさびさに開催された「大同窓会」に集う人々の邂逅は、トイレの花子さんと理科室の標本の対話、先生に憧れる女性とじつは先生のフリをしていた男子学生の再会など手数が多く面白い。ただ皆大声でまくしたて身振り手振りの大きな芝居は変化に乏しく、言葉遊びと詩的な展開はどうしても先行作品を想起させてしまうものであった。そんななか生徒を演じた今井桃子の、憧れの君になびく様とその後の激しい芝居のギャップがいちばん印象に残った。

 さて三日目の大恋愛シリーズVolume11「もっと愛してくれよ節」は、まず幕開きで暗闇のなか出演者一同で花火があがる様をオノマトペで表現していたところに意表を突かれた。やがて「幸せという名の、遠い国」「こころ休む、場所」にゆきたいよと合唱しながら皆で姿を表すところに期待が高まる。劇団初の時代劇という触れ込みで花火を「偽物の星」と嫌う江戸幕府天文方(永島敬三)や花火が消える様を嘆く花火師(千賀百子)、すべてを手に入れたはずなのに郷里の母に渡された傘を大事にする悪代官(黒澤多生)に愛のために盗みを働く義賊の鼠小僧(佐藤新太)まで、さまざまな登場人物が「愛」について怒涛の台詞を交わしていく。現代で言うところの自己承認欲求の発露を外題に込め、さまざまな登場人物が歌い上げながらやがて花火があがる様を見守るのだが、当然ながら帰結まではなかなかに飛躍が多い。悪代官の「傘」と「かあさん」の言葉遊びにピュアネスを感じる場面など趣向は尽きないのだが、Volume10同様にペアで展開する構成やシャッター、劇場通路の利用など目新しい演出はなかった。客席の反応もVolume10ほどではなく全体を通して芝居が上滑りしていたように思う。

 この企画を通して感じたことは、「大恋愛シリーズ」の可能性と課題である。普段は別の場所で仕事をしている俳優たちが集い、数時間かけて稽古し、スマートフォンの音楽をBluetoothスピーカーで流し工事用ハロゲンランプで本番を打てば、作品として成立するということをこの企画は証明している。力のある俳優と最低限のスタッフワークが揃えば、ごく短期間であっても芝居ができるということは、多くの演劇人、演劇ファンにとっての希望のように映る。過密集中型分業体制の演劇の生産構造に対する反旗であり、加速するばかりの現代社会に見合った活動ともいえよう。

 他方で俳優の芝居が大仰な身振り手振りと大声という類型化したものになりがちであり、演じる姿が一人芝居での尾﨑のそれを模倣しているように見えてきてしまった。作劇もまた登場人物のペアの小話を広げた群像劇という形式に陥りがちであり、ドラマを堪能する暇を与えない言葉の羅列の先に作者のピュアネスと演劇愛を感じる、というパターン化したものになっていた。この劇団の活動に賛辞を送る観客が少なくないことは心強く思う一方で、作品の成熟を目にすることが叶えばという思いもした。
御名残五月大歌舞伎

御名残五月大歌舞伎

松竹

大阪松竹座(大阪府)

2026/05/02 (土) ~ 2026/05/26 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「仁左衛門の盛綱」


 大阪松竹座のさよなら公演の夜の部は仁左衛門の「盛綱陣屋」で幕を開ける。

ネタバレBOX

 豊臣方と徳川方に袂を分かった真田信幸・幸村兄弟を近江源氏の佐々木盛綱・高綱兄弟に当てはめ敵味方を超えた兄弟愛を描いた時代物の大作である。盛綱(仁左衛門)の一子小三郎(秀乃介)が高綱の一子小四郎(種太郎)を生け捕りにする。母の微妙(魁春)に小四郎を討ってほしいと申し出た盛綱だったが、そこへ高綱討ち死にの知らせが届く。やがて陣屋にやってきた北條時政(歌六)のもと高綱の首実検が行われるが、それが偽首とわかったうえで小四郎は切腹するのだった。

 仁左衛門の盛綱は前半で見せた敵対する兄への厳しい口調と、後半で我が身を犠牲にして切腹した小四郎に見せる気遣いが対照的でドラマティックである。特に瀕死の小四郎の顔を下から覗き込むところが情愛したたるばかりだった。
かいころく

かいころく

安住の地

WAKABACHO WHARF 若葉町ウォーフ(神奈川県)

2026/05/14 (木) ~ 2026/05/17 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「人間の営みから歴史を浮かび上がらせる試み」

 近代日本の主力産業であった養蚕業(よんさんぎょう)を題材にした「かいころく」三部作を、全国三都市で一挙上演する企画である。横浜公演の初日を鑑賞した。

ネタバレBOX

 2023年初演の「養蚕農家編」は、ある青年(森脇康貴)の内的葛藤を描く一人芝居である。養蚕を生業にする家庭に生まれた青年は、はかない蚕の生き方にいつしか自分自身を投影する。丹精込めて育ててもやがて殺して絹糸にしてしまう蚕に、母が精気のない眼差しを向けていた日のことを、青年は強く記憶していた。やがて青年のもとへ召集令状が届く。そのとき母から向けられた眼差しに、彼はあの日の記憶を重ねるのだった。蚕が口から繭糸を出す指先の美しさや、転げ回りながら青年の苦悩を体現した森脇の動作が強く印象に残る。

 2024年初演の「工女編」もまた養蚕農家に生まれた人物の一人芝居であるが、数世代間に渡る女性たちの物語を軸に、近代日本の歴史を明確に浮かび上がらせた点でより広がりのある作品である。不慮の事故で父を失ったゐと(山下裕英)は、一家の稼ぎ手となるべく製糸工場へ出稼ぎにいく。似たような境遇の女性たちと寝食をともにしながら十年ほど勤め結婚、生まれた娘もまた工女として働く。終戦を迎え次第に養蚕が廃れていくなか、ある日孫に言われた一言にゐとはハッとする。それはかつて自身が祖母にかけたある言葉を想起させて、ゐとは時代の移り変わりをまざまざと感じるのだった。少女から大人、そして老人まで幅広く演じ分けた山下の力量に瞠目するとともに、糸を巻く仕草がじつに美しく映える一作である。

 本公演の新作「蚕種編」は江戸時代に養蚕を学び周囲に広めていった男性(沢栁優大)を描く前半と、明治時代に家計を助けるため蚕の鑑別の職務にあたる女性(雛野あき)を中心にした後半で構成された二人芝居である。

 前半の主人公は水害で家業を失い養蚕を学ぶべく遠路はるばる奥州へ旅立ち、そこで弟子入りした人物から会得した養蚕の術を惜しむことなく周囲に広めていく。彼のお人好しぶりを宿で偶然居合わせた薬売りが皮肉るが、自分が学んだ技術を広めみんなで幸せになるのが一番であると淡々と諭したくだりに、作者の面目躍如と沢栁の口跡が光った。

 後半の主人公は学がなく住み込みの職を解かれ呆然としていたときに蚕種の職に就く。彼女にとって養蚕はあくまで生活の手段であり思い入れは強くないが、着実に昇進し指導する立場になる。しかし自分に仕事を教えてくれた同僚が体格のよくない蚕を弾く様子を見て、生まれてこの方言葉を発さず周囲から冷遇されている自分の弟を想起するのだった。よりよい繊維製品を生み出すためにさまざまに掛け合わせた品種改良も、優生思想に近いところがあるという静かな指摘にハッとさせられる。蚕種について多くを学んだのであろうが、他作品と比べると情報過多で説明的になってしまった点は残念であった。

 三作ともに周囲を客席で囲んだ逃げ場のない空間で、演者のさまざまな表情を感じることのできる贅沢な作品である。登場人物それぞれに合わせ仕立てた衣装が、静謐な照明と抑制的な音楽もあってよく映えた。その分屋外の音が頻繁に聞こえてくる上演会場はやや残念に感じた。
京王

京王

D地区

SCOOL(東京都)

2026/05/08 (金) ~ 2026/05/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「三角関係から浮かび上がる社会問題」

ネタバレBOX

 反社会的な行為に手を染めていた人々の日常を、淡々とコミカルに描いた異色の会話劇である。

 遠くにスカイツリーが見えるアパートで、リリー(7A)とブラック(織内傑作)のカップルが同棲を始める。大学時代、二人は投資情報商材マルチ「ホグワーツ」に属しており、学生相手に高額なUSBを売りさばいて儲けていた過去がある。「リリー」と「ブラック」は仲間内の通称であることがここでわかる。そしてリリーは親が新興宗教に加入していたいわゆる「宗教二世」であった。そんな彼女をブラックは受け入れたつもりでいたのだが、程なくして二人の仲は険悪になってしまう。

 時は経ち5年後、倦怠期を迎えリリーの引っ越しの日に、かつてホグワーツでブラックがかわいがっていた後輩ヘドウィグ(木村建太)が、ブラックの不在時に手伝いにやってくる。言葉少なだがかたくなな彼に根負けしたリリーは、渋々荷物の移動を頼む。じょじょに打ち解ける二人は、昔話やリリーのこれからのことなど淡々と話題を紡いでいく。帰ってきたブラックは二人の様子に訝しげな目を向けて……

 男女の三角関係を描いた作品は数あれど、そこにマルチ商法に手を染めていた過去や宗教二世の話題を絡めたのが本作の大きな特徴である。社会問題を声高に糾弾するわけではなく、コミカルなメロドラマから浮かび上がらせた点が面白い。上演台本には登場人物や作劇の背景が詳細に描きこまれていて興味をそそられたが、劇中で言及されなかった要素が多々あったことが伺われる。タイトルが、リリーとブラックが暮らした部屋が京王線沿線にあることに由来することも台本を読み初めて知った。もう少し長尺で、この三人の会話や題材の掘り下げを観たかったという心地がした。

 作劇の面白さを立体化した俳優のイキのあった芝居も見事である。三者ともそれぞれ見どころはあったが、特にヘドウィグを演じた木村建太のボソボソした喋りと挙動不審に観客は大いに湧いた。なかでも7A演じるリリーと二人で音を立てながらラムネ菓子を口にしたときの間の詰め方が秀逸であった。

 会話のニュアンスの変化に合わせた照明は作品に陰影を与え奥ゆかしいが、時間経過をうまく伝えることができていたかは疑問が残る。無音のままの進行であるため、終幕直前で「七つの子」が流れたときの修羅場の雰囲気の緩みは、そのまま客席に流れてほどよく緊張がほぐれた。作劇と俳優の芝居に全幅の信頼を置いているスタッフワークには好感を持った。
ベガスペガサス

ベガスペガサス

やみ・あがりシアター

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2026/04/25 (土) ~ 2026/05/06 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「賭場の熱狂に湧く群像劇」

 15階のロビーで窓から目に入る街並みを一望し清々しい気持ちで会場に入ると、薄暗くルーレットのテーブルを模した舞台面を取り囲む客席に意表を突かれる。そこで始まった阿鼻叫喚の2時間、客席は湧きに湧いた。

ネタバレBOX

 大阪の夢洲でカジノが建設された数年後の近未来、東京都北区の複合文化施設で本公演の上演会場である「北とぴあ」にもカジノができることになった。観客参加型演劇である「イマーシブシアター」の座付き作家である牧師シックスティーン(カトウクリス)は、新しくできるカジノの顧客に参加させる芝居を書き進めていく。夢洲からやってきたマーケター(小嶋直子)の指導もあり、カジノの役者たち(さんなぎ、二宮正晃、田久保柚香、林瑠之介)の芝居、いわば場を盛り上げるディーラーとしての仕事ぶりが日に日に向上していく。

 カジノができたことで北区の住民たちの生活にはさまざまな変化が発生する。育ち盛りの子どもを抱えるある家庭では、夫(薮田凜)が妻(加藤睦望)に呆れられてNISAの積立金の半分でルーレットに賭け、没頭するあまりカジノに入り浸ってしまう。妻に泣きつかれた警察官(河村凌)が中に入ろうにも、ディーラーたちに言葉巧みに言いくるめられる始末である。上司から預かった50万円をガールフレンド(安藤優)に預けたまま失くした若者(中川大喜)は、兄(北原州真)から金を借りカジノで取り戻すことに躍起になる。定職に就かない女性(久保瑠衣香)は、道端に落ちていたその50万を元手に、学生時代花札で鍛えた才覚を活かし着実に儲けを増やしていく。儲けるたびに「むなしいなぁ」と叫ぶ男(東直輝)に嬌声をあげる港区女子(久遠明日美)や、カジノの役者の一人のおっかけの女(五十里直子)も巻き込み、終わりの見えない賭場の熱狂は加速するばかりである。

 昨今争点にあがるカジノ建設にイマーシブシアターを掛け合わせた本作は、作者が腕によりをかけた台詞を出演者が活かした秀逸な群像劇である。金の流れがひとを変え、それによって浮かび上がる因縁によって身ぐるみ剥がされていく様は、さながら黙阿弥劇に通じる生々しい感覚であった。賭場の熱狂と周辺の人間模様を積み重ねながら進行する作劇は、前半の高いテンションに瞠目するも中盤以降同じ効果音と暗転・明転の繰り返しも相まってややパターン化しているようにも感じた。しかし終盤で賭博のやりすぎで酸欠状態で床を這いながらも賭け続けているあたりまで観続けているうち、ドストエフスキーの『賭博者』を読んだときに抱いた身を滅ぼす興奮を想起した。並行してオンラインカジノにハマる人物を描いたり、ギャンブル依存症とその克服についての知見が入ればより深い内容になったようにも思う。

 いっぱい飾りながら三箇所に出入り口を設けあるときはカジノに、あるときは夫婦の部屋にとスムーズな転換を実現したことで、空間が実に広々と感じられた。三方を客席で囲んだ舞台を緑色のテーブルに見立て、真ん中に立てた棒を軸に布状に設えた赤黒の回転盤を出演者皆で持ち、「べーガス ペガサス」と呪文のように唱えながらルーレットを廻し続ける様は群舞のような迫力である。群像劇の書き分けと各登場人物の造形、伏線の張り方もよく考えられていたが、終盤ではそこまで盛り上がらずカジノの撤退とともにもとの生活に戻っただけなのはやや物足りないと感じた。たとえば夫を賭博で失いかけた女性と定職に就かない女性の回想のくだりは、堅実な生活設計とその日暮らしの生き方の対比を描く意図とは思うがやや説明的だったように思う。
粛々と運針

粛々と運針

iaku

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2026/04/09 (木) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「コミカルに倫理を問う対話劇」

 2017年の初演以来再演を重ねている横山拓也の代表作を上田一軒が演出した。

ネタバレBOX

 客席に座りまず目に入った大きな銀色の輪っかと、舞台後方の白い布がかかった二つの高い段が静謐な空間を形作っている。やがて開演するとその輪っかが客席に向けて斜めに動き、脇にある台に腰掛けている俳優たちがそのなかで芝居をするという形式で物語が進行していく。

 子どもを持たないと決めて結婚した田熊應介(中山義紘)と沙都子(佐々木ヤス子)夫妻は、沙都子の懐妊の兆候によって関係にほころびが生じる。他方で病床の母親を見舞う築野一(花戸祐介)と紘(鈴鹿通儀)の兄弟は、実家の整理や今後について話し合う。この二組のやりとりを舞台後方の段から結(林英世)と糸(鄭梨花)が裁縫をしながら見守っている。生まれゆく命と消えゆく命を巡る双方のやりとりが、人間の醜くエゴイスティックな一面を浮かび上がらせる。

 深刻な題材ながらコミカルでテンポのいい会話は本作の大きな見どころである。関係性の薄い夫婦と兄弟の対話を積み重ね途中から交錯させる作劇や、終盤明らかになる結と糸の正体に、時間と空間を自在に行き交う演劇の特色が生きていた。ただしやや牽強付会で観終わってからもどこかぼんやりとした印象もまた残った点も付記しておきたい。
汗が目に入っただけ

汗が目に入っただけ

フジテレビジョン/LIVE FORWARD/アガリスクエンターテイメント/サンライズプロモーション大阪

IMM THEATER(東京都)

2026/04/03 (金) ~ 2026/04/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「際どい状況とメタドラマが描く家族の物語」

ネタバレBOX

 幕が上がると58の若さで亡くなった森井由美子(鈴木保奈美)の魂が、親族が出棺準備に大あらわのなか成仏できず漂っている。長女の千聖(足立梨花)と長男の匡(西野創人)はキリスト教式か仏教式かで葬儀について激論を交わし、次男の翔(小越勇輝)はスマートフォン片手に仕事に追われている。そこへやってきた尾田理佐(蘭寿とむ)のみ由美子が見えるようで、由美子は理佐に出棺までのゴタゴタを収束させるべく協力を要請するのだった。

 なにかと慌ただしい葬儀の日に際どい状況をいくつも入れ込み、登場人物が奔走する様がおもしろい。なかでも蘭寿とむの達者ぶりとあたりをはらう威勢の良さに一興した。後半になって場外から出演者のカロリー計算を実況中継するというメタドラマの展開など手数の多さには感心したが、やや牽強付会で家族の心の邂逅のドラマがそこまで感興をそそられるものならなかったのは残念である。

岸辺のアルバム

岸辺のアルバム

有限会社モチロン

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2026/04/03 (金) ~ 2026/04/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「出演者の魅力が光る贅沢な3時間」

 山田太一が1974年の多摩川水害に着想を得て新聞に連載した小説をもとに、自身の脚本で77年にテレビドラマ化した作品の初の舞台化である。22年に向田邦子原作のドラマ『阿修羅のごとく』を新たに舞台化した「モチロン」のプロデュースで、倉持裕脚色、木野花演出、小林聡美主演という座組が実現した。

ネタバレBOX

 多摩川沿いの一軒家に暮らす田島則子(小林聡美)は、仕事一筋の夫の謙作(杉本哲太)やなかなか受験勉強に身が入らない長男繁(細田佳央太)、すげない態度の長女律子(芋生悠)に気を揉み、日々の家事に追われてばかりいる。そんなある日家に不審な電話がかかってくる。最初は訝しがる則子だったが、そのうちその電話の男(田辺誠一)との会話が閉じこもってばかりいる日々の気晴らしになるのだった。しかし家族の軋みは思わぬかたちであらわになり……

 主舞台に置かれた田島家からシアターイーストの客席に沿って十字に組んだ舞台を通路や病院、喫茶店などに見立て、出演者がところ狭しと行き来する 贅沢な舞台空間にまずは一驚した。小林聡美の則子は夫に従順な主婦が次第に非日常の誘惑に惹かれていく描き方が丁寧で、終盤で謙作に詰め寄るタイトルの由来にもなった怒涛のセリフが圧巻である。杉本哲太の謙作は家父長制の権化ではあるものの、ところどころおかしみがある芝居で会場をわかせた。細田佳央太の茂は、ドラマ版の国広富之の愛嬌や無垢ではなく実直さで家族の秘密を暴くくだりに一番の魅力があり、クールな芋生悠の律子とバランスがとれていた。ちょっと出るだけだが伊勢志摩が病床で律子にさまざまにアドバイスする友人と、謙作を慮る同僚を演じ分けてうまいものである。
3月定例公演 樋の酒・小塩

3月定例公演 樋の酒・小塩

国立劇場

国立能楽堂(東京都)

2026/03/18 (水) ~ 2026/03/18 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「友枝昭世の『小塩』」

ネタバレBOX

 下京の大野原へ花見に訪れた一行(宝生欣哉、宝生尚哉、宝生朝哉)は、桜の枝を手にした老人(友枝昭世)と出会う。老人は大野原の行幸で伴った在原業平が清和天皇へ入内するまえの藤原高子と契りあった出来事を語り、日が暮れると姿を消す。やがて小塩明神としてこの地に祀られるようになった業平が、在りし日の姿で現れ、かつての日々を懐かしみながら舞う。

 友枝昭世は前シテの老人で小首をかしげたところになんとも言えぬ風情が出る。後ジテの業平は、橋掛かりで悲しみのような諦観のような表情を見せたところがあり、序の舞で軽やかさと格式を見せた。
ガラパゴス

ガラパゴス

キルハトッテ

水性(東京都)

2026/03/10 (火) ~ 2026/03/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「ヒリヒリする笑いで身体の尊さを問う」
 
 性や身体を自身で決める権利「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(SRHR)」について扱うという惹句に身構えつつ観はじめたが、次第に肩の力が抜けていく終始笑いの絶えない上演となった。

ネタバレBOX

 婦人科のリカバリールームで目覚めたサチコ(吉沢菜央)は、看護師のナスノ(冨岡英香)に体調を気遣われるものの、これからバイト先の社員採用面接で着用するスーツを買いにいくのだと言って聞かない。戸惑うナスノに菓子の箱詰めを渡そうとベッドを出たサチコは、足が緑に変わり尻尾が生えていることに驚愕する。担当医のイシダ(村田天翔)は、サチコの下半身はイグアナになってしまったため、当面の間入院し精密検査を受けろと諭すのだった。

 まもなくサチコのパートナーのユキオ(奥山樹生)が見舞いにやってくる。旅行代理店勤務のユキオは、出張のためサチコの入院に立ち合えなかったことを詫びるのだが、二人の会話から、どうやらサチコは堕胎手術を受けたことがじょじょに詳らかになってくる。やがて静岡からやってきたサチコの姉アキコ(尾鷲翔子)が甲斐甲斐しく世話を焼くなか、イシダはサチコが島の病院に転院することが決まったと告げる。怯えるサチコに考える暇は与えられず、あっという間に転院を迎えた日にアキコの運転で港へ向かうサチコ一行だったが、アキコはナスノの制止を振り切り一路逃亡を企ててしまい……

 奇抜なアイデアと周到なセリフによって女性の身辺に起きた重大事をコミカルに描く本作は、男性優位社会における女性の生きづらさを鋭く突くヒリヒリした観応えである。サチコは言わずもがなだが、男性医師の言われるがまま他者に合わせることで生きてきたナスノや、妹が実家を飛び出て以来母との関係に悩んできたアキコの爆発、シングルマザーとして生きているサチコのバイト先の同僚ウオズミ(中嶋千歩)の苦悩など、さまざまな背景の女性たちの声を、サラッと重層的に描き出している。管理社会の象徴のようなイシダの自主性のなさや、パートナーの見舞い先でナスノのプライベートを詮索し、幽霊になってもなおサチコを脅かすユキオを観ていて身につまされる思いにもなった。出演者は皆適材適所で観ていて不安を感じなかった。

 通りを行き交う人々がなかを見る一面ガラス張りの水性の空間をうまく使い、サチコや女性たちの心情を可視化していた点も評価が高い。ナスノやアキコが強引にピルやみかんをサチコの口に含ませ、眠りにつくところで簡易な照明変化やBGMを流すあたりの抑揚の付け方もうまい。狭い空間を病室や車内、焼肉店などに見立ててスムースに展開することにも成功していた。ジュディ・アンド・マリーや浜崎あゆみなどのヒット曲を巧みに使い、特に後半の女性だけの道中を描いたくだりに作者の眼目があったように思う。ただし病院内の場面が続く前半と逃亡劇の後半のつなげ方がやや牽強付会で、別作品を強引につなげている印象を抱いた。

 下半身がイグアナに変わったサチコは肉や酒を食べると体が受け付けず戻してしまう。吐瀉物まみれのなか、それでもサチコが禁じられているタバコを吸い「生きてるー…」と感嘆を漏らす幕切れが今でも目に焼き付いている。
欲望という名の電車

欲望という名の電車

吉住モータース

東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)

2026/03/12 (木) ~ 2026/03/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「素直で可愛らしい篠井英介のブランチ」

 現代演劇の女方として唯一無二の存在である篠井英介が、19年ぶり4度目となるブランチを演じた。G2による新訳と演出である。

ネタバレBOX

 第二次世界大戦後のアメリカ南部の都市ニューオリンズに、ブランチ(篠井英介)が妹のステラ(松岡依都美)を訪ねやってくる。没落した名家出身のブランチには帰るあてがなく、妹夫婦のもとへ身を寄せることにしたのだ。ブランチの上品ぶった態度にステラの夫スタンリー(田中哲司)は苛立ちを隠せない。新天地で出会ったミッチ(坂本慶介)との生活に希望を見出すブランチだったが、彼女がひた隠してきた暗い過去をスタンリーが暴き……

 篠井のブランチはまさに自由自在、水を得た魚といったところで女方が演じている違和感がない。狂気の世界に陥る人物というよりは、元来素直で可愛らしい人物が大きなトラウマを抱え、次第に堕ちていくというところに力点がある。終幕で精神病院に連行される場面も、愁嘆場というよりはブランチが救われていくようにも観えた点が面白い。

 田中哲司のスタンリーは野性味というよりも生来の粗暴さがブランチを追い詰め、ステラが魅了されるチャーミングさも併せ持つという独自色を出した。松岡依都美のステラの安定した口跡、坂本慶介のミッチの素朴さなど、主要4名が手堅い充実した上演だった。
一万円おじさん

一万円おじさん

株式劇団マエカブ

絵本の劇場カメレオン(香川県)

2026/03/07 (土) ~ 2026/03/08 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「『情』と『理』で仕事を考えるコメディ」

 渋沢栄一の『論語と算盤』をもとにした絵本『しごとってなあに?』を題材にした現代劇である。「絵本の劇場カメレオン」のこけら落としとして上演された。開幕前から地元住民と思しき観客が入口に集い、誘導スタッフが丁寧に応対する様子は見ていて心地のいいものだった。

ネタバレBOX

 公園でひとり缶ビールをあおっているカナコ(宮本はるか)は、捨てようとしていた領収書を眺めため息をつく。すると「これが1万円やったらなあ」という天の声とともに、ダンボールを敷き長髪をバンダナでまとめた男(三嶋孝弥)が語りかけてくる。男はカナコのビールを「ワシの作ったビール」と自慢するとともに、自分は渋沢栄一であると嘯くのだからいよいよ混乱が極まる。

 警戒心を抱き続けるカナコに、男はカナコがいい人ぶろうとするあまりに仕事やプライベートで損をしていると指摘する。図星を突かれたカナコは、じつは先程まで友人と飲んでいたものの内心は楽しくなかったのだと男に愚痴る。やがてその友人ハル(小川晴菜)がカナコを追って姿を現すと、男の怪しい点を理詰めで次々に暴き出す。ハルはその場からカナコを連れ出そうとするものの拒み、そこから日頃の不満が爆発し大喧嘩がはじまってしまう。しかし翌日公園に缶ビールを携え現れたハルは、男にじつはやりたいことを愚直にやっているカナコに嫉妬していたという本心を明けるのだった。

 情にもろいカナコと理論派のハルの対照的な二人に対する男の指摘は、社会人生活を送ったものであれば誰しも身につまされることばかりである。絵本では社会や仕事への疑問を渋沢栄一に問うという構成を、渋沢栄一を名乗るがらっぱちなホームレスに問いそれに答えるとした点がユーモラスである。やや教条的になってしまった感は拭えないが、鋭い指摘や高邁な理想が空々しく聞こえず、ときにハッとさせるうまい作劇であった。すっかり男に感化されたカナコとハルが、男の身の回りの世話をしているという幸三(岡田敬弘)と交わすやりとりも、人を食ったようでおもしろい。

 ちいさい空間なのでもう少し声のボリュームは絞ったほうがよかったように思うが、出演者は皆作者が腕によりをかけたセリフをうまく響かせていた。終幕以外はほぼ無音の状態で舞台を進行させた英断が活きていたように思う。男を演じた三嶋孝弥は体当たりの怪演ところといったところだが、借りたハンカチをハルに戻そうとするも拒まれ、それをたたむ所作がやけに丁寧で笑いを誘われた。上演中でも客席同士が小声で語らい、子どもたちも熱心に、楽しそうに鑑賞し、こうした客席を許容する空間づくりを実現していた。
われらの血がしょうたい

われらの血がしょうたい

範宙遊泳

シアタートラム(東京都)

2026/02/21 (土) ~ 2026/03/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「人工知能が抱える孤独」


 山本卓卓が作・演出した2015年の作品をの再演である。今回は演出を額田大志が担当し、一部出演者を入れ替えての上演となった。

ネタバレBOX

 開演すると舞台上のスクリーンに断片的に「は」「る」「春」「よ」「夜」「女」などと文字が映し出され、やがて「『春の夜』『女性』『失踪』クリック」と投射される。おそらくコンピュータの学習とインターネットのキーワード検索を可視化したのかと見当をつけながら観続けていくうち、「われらの血がしょうたい」というSNS投稿を残して61歳の女性が失踪した事実が観客に知らされる。やがてバッハの無伴奏チェロソナタの旋律にのって現れた二人(植田崇幸、端栞里)は、なにかに操られるかのような不自由な動きを見せる。二人とも失踪した女性にゆかりのある人物だが行方は知らず、なにかに突き飛ばされるようにして舞台奥へと消えてしまう。そのあと投射された字幕から、この失踪した女性が人工知能「ザマ」に変化したことが示唆される。
 
 以降はザマが存在する世界のある場所で起こる様々な出来事を、5名の俳優が何役か演じ分けながら劇が進行していく。お手伝い(井神沙恵)に言い寄るうさんくさそうな若社長(福原冠)の成功と没落、新居を探す若夫婦(植田崇幸、端栞里)の行く末、浮ついた若い警護たち(植田崇幸、埜本幸良)が不審人物(福原冠)にからむ様……ザマに問いかければ今日の天気や株価がわかり、電源のオンオフからひとりのときの話し相手まで担ってくれて便利である。こうしてザマは長い時間、同じ場所で起こる出来事をかわいた感覚で見つめ続けている。やがてこの場所が解体されると、なんとザマは「4分の0」という擬人化されたもの(端栞里)として姿を表す。当初あきらかに機械的に聞こえた「4分の0」の語りは、やがてとめどない絶叫となって人間たちを圧倒するのだった。

 失踪した人物が時間や存在を超越した人工知能になり、時間と存在に固定されている人間の世界に介在し続ける本作を観ていると、常日頃の悲喜こもごもに一喜一憂することがバカバカしく見えて面白い。同時にかわききった視座で人間界に影響をもたらすさまが、まるで己を作り上げた人間たちを凌辱するかのようにも見えて空恐ろしさを覚えた。そして後半に「4分の0」が吐露し続ける叫びは、人工知能のかわきに隠された圧倒的な孤独のように感じられたのである。情報技術が知能の延長であるならば、コンピュータのバグは寂しさや欠落といった人間の感情に由来するのでは、という本作の視座に私は深く思いを馳せることになった。

 多彩な出演者たちの演じ分けはどれも見応えがあったが、特に冒頭で滑らかな動きを見せ、ところどころ情けない男性を演じた植田崇幸、「4分の0」の胸の内をこれでもかと連呼した端栞里が印象深い。ただ作品の構造上是非もないが、演技合戦を堪能するというよりは作品を構成するパーツのように見えてしまった点がやや残念である。

 三面スクリーンに投射された文字やビジュアルに必要以上に雄弁でない音楽、そして蛍光灯を埋め込んだ木枠のセットを使った硬質な空間づくりも作品に多いに貢献していた。私が観たのが最前列だったからか、舞台上下(かみしも)が特にガラガラに感じられたところがあったため、もう少し小さい空間で観たかった。
よそほひ

よそほひ

安住の地

元映画館(東京都)

2026/02/11 (水) ~ 2026/02/23 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「美粧から見える女性の歴史」


 数世代にわたる女性たちの歴史を描く二本立ての二人芝居である。

ネタバレBOX

 前半は江戸時代の厳格な家庭の母(林田惠子)が娘のキク(中村彩乃)に引眉とお歯黒を伝授する様を描く。鏡を見て戸惑うキクを見ながらかつての自身を想起する母、そして明治期に入りこの習慣が廃れつつあった時代にキクが娘のウメに伝授をためらう様から、四世代にわたる女性を取り巻く環境の変化を描く。

 後半の作品は現代が舞台である。化粧道具を勝手に使ったため母(林田惠子)に怒られたカエデ(中村彩乃)は化粧に苦手意識を持つ。常に身だしなみに余念のない母はやがて老いさらばえていく、その様子にやりきれない思いがつのるカエデと孫のモモカら家族たちの葛藤の物語である。

 どちらも小品ながら出演者が出ずっぱりで何役か兼ね、限られた演技スペースのなか濃密な芝居をしていて目が離せなかった。出演者が自身の役の状況や心情を説明しながらの進行はややくどかったものの、終演後にはとても長い物語を観終えたような心地になった。
テント演劇 B1F52LLLLLLLLLLLLLDDDDDDDDDDDDKKKKKKKKKKKKK

テント演劇 B1F52LLLLLLLLLLLLLDDDDDDDDDDDDKKKKKKKKKKKKK

劇団身体ゲンゴロウ

東京芸術大学 上野キャンパス グラウンド(東京都)

2026/01/28 (水) ~ 2026/02/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「現代社会をアリの巣に重ねて描く」

 第74回東京藝術大学の卒業・修了作品展で実施されたテント公演である。

ネタバレBOX

 開演前に出演者たちが、マントのような衣装をまといテントを囲むようにして数カ所にわかれ、同じシチュエーションの芝居を続ける。この異様な雰囲気を前に立ち尽くすひとりの青年(初鹿野海雄)がテントのなかに連れ込まれると観客もまた案内され、これは追体験の芝居なのだということがわかる。

 テントのなかはアリの巣という設定で働きアリたちの生活を垣間見るわけだが、どうやらアリたちには厳然たる性役割や階層があることが露わになっていく。次第に混迷するアリたちのなかで分裂が起こり、そこにきな臭い現代の社会情勢を重ねて描こうとする意欲がおもしろい。ただし短い上演時間のなかにさまざまな要素を詰め込んだためか、途中から物語の行き着く先が見えにくくなった点は残念である。洒脱で時勢を意識したセリフやテントの特性を活かした演出、卓越した音楽センスが作品に貢献していた。
口いっぱいの鳥たち

口いっぱいの鳥たち

理性的な変人たち

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2026/01/15 (木) ~ 2026/01/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

「なにかを抱えたものたちの葛藤」

 イギリスの劇作家キャリル・チャーチルとデイヴィッド・ランが1981年に発表した舞踊を伴った芝居の日本初演である。

ネタバレBOX

 上演開始後に客席正面向かって前方の階段から、花嫁衣装のようなレースの白装束(伊藤キム)が降りてくる。両手を広げ上下させたり腰を少しくねらせたりという動きからシャツがはだけ肌が露わになるという、際どくミステリアスな幕開けである。

 以降はウサギの皮剝ぎに苦悶するリーナ(荒巻まりの)、洗練された口調で仕事の電話には応対するものの素は南方なまり丸出しのマーシャ(滝沢花野)、父親から男性性を強いられたことにどこかやりきれない思いを抱えているデレク(木口健太)、アルコールにおぼれがちなイヴォンヌ(鹿野真央)、デキるビジネスパーソンを演じているポール(岩崎MARK雄大)、牧師のダン(伊藤キム・二役)、そして目がうつろで感情の起伏が激しいドリーン(西田夏奈子)、以上7名の挿話が断片的に描かれていく。途中で冒頭の白装束や仮面をまとった人物たちがコロスのようにして舞う場面が挟まれる。

 話があちらこちらへと飛び、出演者が主だった役以外にも数役兼ねるという入り込んだ構成のため、当初は観続けることに過度の集中を要した。しかしこの作りに慣れていくと、因果や伏線を頼りにしない、ただ目の前で描かれていることに集中することがこの芝居の眼目なのだということが分かった。立場や属性はバラバラだが、登場人物たちは皆なんらかの葛藤を抱えており、なにがそこまで皆を抑圧しているのかということを観客に考えさせる魅惑的な仕掛けが随所に施されていたように思う。

 内容の重さに引っ張られたためか全体を通して重苦しく、笑いが起こる場面が盛り上がらなかった点は残念である。また音楽がやや説明的だった点が気になった。

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