満足度★★★
探偵=沢田研二の妙
友永麻里亜(高泉淳子)が、主人公・花山新太郎(沢田研二)のバー「Farewell」にやってきた時に頼んだカクテルがギムレットだった。
ハードボイルド・ミステリーのファンなら、ここでレイモンド・チャンドラーの代表作『長いお別れ(ロング・グッドバイ)』中の名台詞「ギムレットには早すぎる」を想起してニヤリとするところだろう。
劇中で、花山は何度もフィリップ・マーロウやサム・スペードを気取る。そもそもバーの名前「Farewell」がチャンドラーのもう一つの代表作『さらば愛しき人よ(さよなら、愛しい人)』(Farewell,my lovely)から取られている。こうした「小ネタ」は決して「盗作」ではない。台詞やプロットをまるまるパクったりはしていないし、話の流れと関係なく過去作品の台詞を無理やりはめ込んだりもしていない。一部設定を借用しつつもオリジナルの物語を構築している。それがエピゴーネン(模倣)とオマージュ(賛辞)との決定的な違いなのだ。
麻里亜は、自分の義理の娘・めぐみが何者かにレイプされ自殺した真相を知りたがっていた。花山が探偵だと知り、捜査を依頼するが、花山はいったんは依頼を断る。事件の真相をつきとめることが、他人の秘密を暴き不幸にする。そんな経験を繰り返してきて、すっかり嫌気がさしたと花山は言う。しかし、結局は麻里亜の頼みを聞かないではいられない。探偵は、「美女には弱い」のだ。
このアンニュイでありながらどこか軽く、ユーモラスな花山を、沢田研二は自家薬籠中のものとして好演している。還暦を過ぎた沢田研二は、昔に比べるとすっかり太り、動きも鈍くキレがない。昼は探偵、夜はバーテンの二重生活者で、カクテルをシェイクする動きも雑で下手くそだ。カウンターを拭き掃除する時だけ妙にせかせかと動いて小市民的な性格が見え隠れする。
しかし、その中年でだらしなく、かっこよさのカケラもない姿こそが、ハードボイルドミステリーの世界の中での「探偵」なのだ。 サム・スペードもコンチネンタル・オプもフィリップ・マーロウも、原作を読めば分かることだが、カッコよく見えるのはたいてい“やせ我慢”をしているだけだ。自分に力がなく、惚れた女を救うことも出来ず、口をついて出るのは愚痴や言い訳ばかり。それでも彼らが事件に立ち向かうのは、それが彼らの「仕事」だからだ。
「タフでなければ生きられない。優しくなれなければ生きている資格がない」というハードボイルド探偵の金科玉条は、それが“自分には当てはまらないこと”だから、そうありたいという願いを込めて述懐されている言葉なのだ。
(以下のネタバレには本作のトリックや犯人について書かれていますので、DVDなどでご覧になる予定の方は、決して覗かれませんよう、お願いします)