髪結いの亭主 公演情報 パルコ・プロデュース「髪結いの亭主」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    皆が黙って従っている世界のルールは全て嘘っぱちだ。他人の顔色を窺って行動や言動を合わせているだけの代物。仲間外れにされないように変わり者扱いされないように。いつしか自分の頭で物事を考えられなくなっていく。自分自身の心というものを感じられなくなっていく。浅井健一はそんな世界に取り込まれていく自分への違和感を「幸せの鐘が鳴り響き、その中で僕はただ悲しいふりをする」と歌った。今作の主人公も子供の頃から違和感の塊だった。皆の言っていることはおかしいと思った。幸せになりたいのに幸せに手を伸ばさない。いろんな理由いろんな理屈を付けて。主人公は自分の幸せの為に真っ直ぐ生きようとした。自分に嘘をつかない。ごまかさない。騙さない。だが世間的にはやっぱり変わり者扱い。1950年代の茨城県の話。

    パトリス・ルコントの映画は観ていない。当時いろんな評論を読んで何となく観た気分になっていた。今回、観劇前に軽く粗筋をチェック。だからどこまで映画(原作)のままかは判らなかった。
    (※観劇後、Amazonプライムでバーっと流し観た。やはり、かなりイメージが違う。映画は御伽話。不思議な話だったな、みたいな味わい。舞台版はもっと内向的。石黒麻衣さんの内的宇宙の私小説)。

    2023年10月、40席しかないカフェムリウイ「屋上劇場」にて劇団普通の『写真』が公演された。全7公演、一時間弱の三人芝居。フライヤーに興味を持った安田章大(しょうた)氏がふらりと立ち寄り観劇し気に入る。終演後、石黒麻衣さんに挨拶し、それが今作に繋がった。髄膜腫手術の後遺症で「光過敏」を患っている彼は常にサングラスを手放せない。それが今作の役にとっていい味付けになっている。男と世間との風変わりな距離感。

    安田章大氏と兄である丸山智己氏の会話はお洒落な茨城弁。客として用松亮氏が登場した時には興奮した。ファム・ファタールでありユングの説くアニマ、香月彩里(こうづきさおり)さん。ずっと主人公を眩惑し続ける。ヒロインの中村映里子さんはルックスも所作も余りにも美しすぎる。増村保造映画の色気。安田章大氏は中東ポップスのレコードを掛けてオリジナル・ベリーダンスを踊るのが大好き。ボロブドゥールの詩。
    もう一回観たいがまずチケットは取れないだろう。前半の雰囲気がメチャクチャ好き。『髪結いの亭主』の舞台化を石黒麻衣さんにお願いしたい、と判断した方のセンスがMVP。(※安田章大氏の作品についての理解度はかなり高レヴェル。彼自身にも興味を持った)。
    観れて有り難い。

    ネタバレBOX

    基本は『髪結いの亭主』の設定や台詞を踏襲しているのだが、それでも完全なる石黒麻衣作品になっている。だから故、ラストに近づくにつれての描写に違和感はあった。中村映里子さんが客や兄夫婦の会話に反応し、ラストの行動に向けての理由付け、伏線、説明となるような描写。手紙での直接的な心情告白も取って付けたよう。こんなものに一切理由は必要ない。ただいなくなった妻とずっとクロスワードパズルを解き続ける男だけでよかった。ずっと夢に酔い痴れて生きてきた男、父親の言葉だけを頼りに。だって酔い痴れることこそが幸せだろ?

    映画では幸福を失うことを怖れて幸福の絶頂で妻は自殺する。川に飛び込んで溺死。遺書も見付かる。今作では妻は失踪したとだけの情報提示。兄もそう捉えている。主人公は手紙を読んでもう妻が帰らないことを知っているが誰にも伝えない。ずっと理容室でクロスワードパズルを解き続ける。中村映里子さんは背負った過去の暗さ深さ、それに押し潰されてしまったように感じる。

    石黒麻衣さんが自身の作品に落とし込む為に注ぎ込んだ情念が、彼女の作家論にまで達する面白さ。自作では表現しにくい本音がくっきり見える。

    観てる間、いつしか脳裡に流れてた曲はたまの「きみしかいない」。つげ義春の『無能の人』を読んでいる時のあの感じ。こういうのが好きな人にはたまらない時間。

    誰もいないから きみしかいない
    誰もいないから きみがこの世でいちばん

    誰もいないから きみしかいない
    誰もいないから きみがこの世でいちばんぶす

    誰もいないから しょうがないよ
    誰もいないから ぼくらがいるのはずるいね

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    2026/09/29 20:19

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