公演情報
O企画「cogito」の観てきた!クチコミとコメント
実演鑑賞
満足度★★★★
あの荻野貴継氏主宰の企画体が、哲学対話とか言う面白気な物をやっているな、と見ていたが二度見逃し、今回は舞台作品を上演との事で漸く観劇に至った。哲学何がしは今回もやるとの事でそちらも期待。
芝居は1時間程。夜の森らしき場所で(さわさわと微かな音)、二人(男と女)が行き交う。女性は通勤路として用い、男性は秘めたる遊戯(泥遊び的な)のためやって来る。交錯する二人の始まるともなく始まる対話、関係(のやうやもの)が、世の常で男からのアプローチで始まるのだが。。暗がりで出くわしたりニアミスしたりする様子も観客は見て、どことなく森を取り囲んでいるだろう社会を意識するとも無く意識する。そこから「ここへ来た」二人が、何かを確認し合うのか、し合えるのか・・そんな事を自分を振り返りながら夢想する。舞台が想念に誘う優れた仕掛けであるのは、光と音、俳優により夜のしじまの森が現前するからである。その心地良さのせいで舞台上の現象をうっかり見逃す事も。芝居の結語が何であったかは覚えていない。
この芝居は例の哲学対話から生まれたとの説明であったが、芝居が終わると簡単な説明があり徐ろにそれが始まった。一つのテーマで対話をする。発言は自由。沈黙も一つのあり方だ。主宰がテーマを決め、一人三十秒、スタートして15分後に終了。二人の俳優もマイク係で加わり、自ら発言しても良い。
この内容は割愛するが、興味深かった。主宰がこれに執心である理由も考えも知らない。かつてワークショップが重宝された時期があったが、他人と知り合う手法であるWSに対し、こちらは一期一会である。学校教育でこうした実践が欠けているとの指摘を思い出した。
以前行っていた「対話」は俳優のパフォーマンスを前置してこれを肴に喋る、というものと想像していたが、今回はそれはなかった。二つを接続する何かがあれば一つ体験として刻まれたのでは、と思わなくなかったが、対話の主役は観客なので予測不能、細工は不要と判断したのかも知れぬ。
この試みがこの後どう発展するのか密かな楽しみに。