長生炭鉱――生きたかった 公演情報 温泉ドラゴン「長生炭鉱――生きたかった」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    2回目。
    筑波竜一氏のドスの効いた声に千葉ちゃんを感じた。
    五十嵐明氏の台詞回しにも『仁義なき戦い』の絶妙な口上、千葉ちゃんや三上真一郎とかのカッコ良さを。

    韓国側を何役も兼ねるソ・ドンガプ氏。極真会館の第一回全日本空手道選手権大会で優勝した山崎照朝氏に似ている。彼は『あしたのジョー』の力石徹のモデルとなった天才空手家で東スポの記者でもあった。

    ネタバレBOX

    今作に一番よく似た感触の作品は去年やったドキュメンタリー映画『よみがえる声』。公開当時90歳、現在91歳の朴壽南(パク・スナム)さんと娘の朴麻衣(パク・マイ)さんの共同監督名義。パク・スナムさんが1985年から撮り続けた50時間に及ぶ16ミリフィルムでのインタビュー、作品化出来ないまま経年劣化でデータ消失の危機。クラウドファンディングにより10時間分デジタル化に成功。映画としてまとめた。

    パク・スナムさんは現在も視力を失いながら全国の映画館に出向きトークイベントを敢行している。(何も知らず観に行ったら目の前でイベントが始まって慄いた)。

    14歳で朝鮮半島から強制連行され、長崎の軍艦島の海底炭鉱で地獄を見た徐正雨氏(ソ・ジョンウ)氏。重労働、劣悪な食事、私刑。何人もの朝鮮人がその日々に耐え切れず海に身を投げた。その後、三菱重工業長崎造船所に強制動員され被爆。2001年に亡くなる。フィルムには彼が軍艦島の岸壁に立ち、死んでいった同胞達に花を手向けるシーンが記録されている。そして朝鮮半島の方に跪き「オモニ(お母さん)!」と泣きながら絶叫。亡くなった父の在りし日の姿、公開されなかったフィルムを今になって観賞する息子。泣いている。父親の自分の前では見せなかった姿。「あったことをなかったことにはできない」。この言葉こそが全て。

    1976年、山口武信氏の論文「炭鉱における非常/昭和17年長生炭鉱災害に関するノート」の発表からこの事件は世間に知られることとなる。元高校教諭の山口武信氏は個人的に長年独りで調査を続けていた。彼が何故そこまでこの事件に拘ったのかが重要な点。そこを一つの主軸にすべきだった。足りないのはその部分、彼の原動力。(今作では5歳の時、海上のピーヤから噴出する水柱を見た原体験が語られる。それが事実か虚構かは不明)。彼の独りぼっちの行脚が暗闇に押し潰された連中の魂を解放していく。これこそ人間の歴史だろう。(彼のような人間が少なからず世界にはいる。理不尽に惨めに圧し殺された無名の連中の魂はいつかきっと救われる)。

    最年少のヤンへ(ユ・シヒョン氏)の語る記憶。朝鮮で鯨を捕らえ解体する仕事を家族でしていた。動けず苦しむ鯨はポロポロと泪を零す。そんなもの見なければよかった。見なければよかった。今の自分はあの時の鯨のよう。誰も救けてはくれない。ただ身動き取れず泣いている。

    ドンリム(イ・ジョンウォン氏)が日本人達の胸倉を掴み怒声を上げる。(この演出は前回なかったような)。
    死を受け入れられた者と受け入れられなかった者。とっくの昔に死んでいる現実に取り残される二人。

    2025年8月25日26日の潜水調査によって二柱の遺骨を発見、回収。それで二人が見付かるラストに。

    ※筑波竜一氏がちょこちょこ台詞をトチってたような。

    ※ヘッドバンギングみたいに頭をずっと貧乏ゆすりしている客がいて心配になった。

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    2026/06/14 16:19

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