THE GAME OF POLYAMORY LIFE 公演情報 趣向「THE GAME OF POLYAMORY LIFE」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    10年前の初演を(同じKAATで)観た縁に託けて、今回も観に出かけた。稲葉賀恵演出、が後押し。
    知った顔と名の上田遥のAチームは叶わず、Bを観た。そのため上田女史の方だったら・・という想像を観ながらやってしまう。が、Bのムーン役(笠木泉)のウラだろうと踏んでいたのが実は違ってた。男女比も両チーム違う。エンジェル(豊田エリー)は男女二刀流で先のムーン・女とタイガー(小川ゲン)・男(ムーンが先に付き合っていてエンジェルに紹介し、三人の関係が生まれた)。だがAチームではムーンが男(加藤啓)、タイガーが女(これが上田)、そしてチームで性が異なるエンジェルの友人アリス(これが複雑な要素を持ち込む)は、Bでは男(阿岐之将一)、Aでは女(前原麻希)である。
    豊田と共に、エンジェルが新たに出会う相手・ガンダムがシングルキャスト(笹川幹太)。この舞台、難しい設定にしては心情表現がリアルに迫り、興味深く観たため、自然別チームも観たくなったがそれは叶わずであった。

    舞台は両面客席の間にほぼ正方形の台が、エンジェルの室内として置かれる。廊下に近いゆるいスロープが四角の一辺に渡され、反対側には逆向きのスロープ。片側は玄関へ、片側は抽象的な使用。
    高級感あるフローリングの台上には金持ちらしい簡素さで、伝統色無しの瀟洒な調度(ベッド、テーブル、高めの台・・ふかふかの起毛布で覆われカグスベールで俳優が一人でよく移動させる)、冷蔵庫、低い木製台、観葉植物、書籍、柱、椅子。
    ポリアモリー(複数との愛)が果たして成立するのかの実験=ゲーム?が、初演では「成立しづらいな」という感想。今回も基本同じなのだが、裕福で生活に困らない相手、そのパートナーに相応しい肢体を備えた相手、生活苦から解放された条件下でしかこの「実験」に果敢に取り組むエネルギーもモチベーションも湧かないだろうな・・と。
    三人が恋人同士という関係(女2+男1)の始まりは、エンジェルとムーンの二人でいた所、ムーンが「もう一人」の恋人をエンジェルに紹介した。エンジェルはこの相手をすぐ好きになり、三人共が「同じ考え」(同等に愛を分かち合える)である事を悟り、その関係に入った、と語られる。(ここで興味深いのはBでは女性同士の関係に、バイのムーンの男恋人が入る、という形なのに対し、Aでは男女の恋人に、男のもう一人の女恋人が入る、という形。Aの方が中々ハードルが高そうだ。)
    偽りの無いその感情と関係性を、舞台上に描く事が本作では大きな課題だったろうが、流石それが成立するのを見る事は出来た。その上で。

    Bチームの感想となるが、女性二人の関係が倦まないための刺激剤、あるいは間隙を埋める「豊かさ」をもたらす人材として「もう一人」(男)が「仲間」となり得たのは、三者が個として持つ「豊かさ」(物理的・才能的=人間的)ゆえで、その豊かさ=富を惜しみなくシェアする関係として、実は利害関係にある、という(貧しい庶民の)発想に私は持って行かれる。彼らが特権者に見えるのは否めない。(無論、世に「経済・生活」を捨象したドラマは幾っくらでもあり、物語の伝えたい核がそれによって見劣りする事のないドラマも存在する。ただしポリアモリーという形が現実の中でどう成立し得るかは、やはり検証の俎上に置かずには通過できない。)
    友情は感じるがエロスは別枠に思える点が、言ってしまえばそれである。
    明治のエライ人は妾を別宅でなく妻と同じ屋根の下に住まわせたようだが、「秘め事」に関しては暗黙のルールがあった事だろう。3人が規則性も無しに常にエゴも含めて相手の前に出したり出さなかったりを、他の二人が居る前でやるのか、それともやはり一対一の時間をそれぞれ作る事にしているのか・・。3Pはやらない、とすれば一対一の時間、残る一人は孤独である、という具合。「パートナー」の別表現である「まぐわいの相手」の側面が、どうしても乗り換えられない。

    感情の揺れ動き、そして「成立するか実は危うい」という実際この関係が誕生しても忍び寄るだろう要素にも言及しながら、それでも「今は続けて行く」(そして私達は愛のただ中にある)と、愛の多様性を謳いあげてドラマは終って行く。

    この世界を描けるのは、性欲を離れた関係をリアルに想像できるのが女性だから、だろうか。
    愛がリスクからの、暴力からの防波堤であると考えれば、つまり平和が自然な状態としてでなく暴力を忌避し回避する「態度」として捉えると、「あなたを守りたい」感情は確かに、セックスを抜きに存在し得る。
    コザ騒動を背景にした「hana」に登場するジラースーと呼ばれる旦那さんは、ママのパートナーだが「そういう関係」を好まず、子どもたちを助けるために戸籍上の夫となった人。愛の広さ、深さが沖縄の地上戦の悲惨を背景にする事で「あり」に見えてくる。むしろ輝く。
    本作で描こうとした定義しようのない関係とは、実はそのようなものではないか。

    さて観客の少なさには「あ」と思わず驚いた。通常の客席ならどの程度埋まっていただろうか。対面客席の「客の多い側」に座れば、対面の少なく淋しい客席が見えてしまう。もっと多くに観られて良い舞台だと思う。

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    2026/06/06 03:58

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