わが町 公演情報 新国立劇場「わが町」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    色々振り返り、考えさせられた
    70年前の劇とは思えないほど、台詞や心情が現代的だと思った。
    ものの考え方とか、結婚観とか現代とは大きく違っている部分も
    多く見受けられたけど、「変化」に対する考え方には共感する事が多かった。

    というか、これからの人生真面目に生きなきゃな、と痛感してしまった(苦笑

    優れた演出が、舞台を、たちまち緑なす庭や、冬の大通り、冷たい
    墓地へと姿を変えさせ、出演者も皆それぞれの「人生」を演じていたと感じる。

    原作読んだ時には、よく意味が分からなくてふーんと思ったラストに
    危うく涙腺をもっていかれそうになり、耐えるのにかなり必死だった。
    最前列で観てたら危なかったな。

    全年代、あらゆる境遇・環境の人が何かしら「自分」に近い部分を
    感じられる内容だし、作者もそれを意図しているでしょう。
    また、それを表現出来る深度を持っている舞台だと思います。

    「演劇」を観た、と思いました。

    ネタバレBOX

    この物語、「わが町」は舞台監督が、登場人物達がいうように
    「平凡な町」の、「平凡な人達」の、「平凡な一生」を描いたものです。

    でも、本当にそうか?

    1913年(第三幕) : 翌年(1914年)6月に「サラエボ事件」勃発、第一次
               世界大戦の開始。

    1938年(『わが町』初演) : 3月、ナチス・ドイツによるアンシュルス
                    (オーストリア併合)実施、9~10月、
                    ナチス・ドイツによるチェコスロバキア占領、
                    12月、日本軍の重慶爆撃開始…

    上記のように、ワイルダー自身が舞台として1913年を選んでいるのは
    実に象徴的です。

    何故なら、後世「未曾有の総動員戦争」とまでいわれた、この
    第一次世界大戦によって、時代は「それ以前・以後」に分かたれ、

    舞台の中でもいわれていた「多少の変化」は決定的に「急激な変化」となり、

    「その後の世界」を襲ったからです。そして「それ以前」の世界は
    戻ってこなかった。

    もう永久に。

    つまり、第三幕は「平凡(とされていた)時代の終りの兆し」を、迫りくる
    「変化」を人々が感じる時期であり、決定的な「一時代の終わり」を、
    平凡な一人の一生と重ね合わせているとも読めるのです。

    なお、第二次世界大戦は初演時の1938年にはまだ勃発しておりませんが、
    翌年1939年9月にはナチス・ドイツのポーランド侵攻が起こり、世界は
    再びの世界大戦に巻き込まれていきます。

    作者ワイルダーがそこまで予期していたかは分からないけど、
    洞察力の高い作者は現状が「あの頃」-「第一次世界大戦」と
    酷似した雰囲気に包まれている事を敏感に感じ取っていたの
    かもしれません。

    本作品では「戦争」の匂いは巧妙に抑えられております。
    主題は「生」と「死」、そして「変化」であると。

    人間に限らない、万物の生は全てが変化にさらされています。
    生まれ、成長し、死して、土に帰り、その一部として今度は永遠となる。
    それは全てにいえることですが、それを知覚しているのは人間のみでしょう。

    人は上記の一連の流れを何とか万人に伝えんと記録を残し、
    墓を建立します。

    しかし、百年、一千年のスパンで見たとき、我々は歴史に埋もれ、
    その砂の山から頭をのぞかせる事が出来るのは、それこそ「古記録」や
    遺跡の類の、ほんの一部であり、確実に私達は忘れ去られる運命にある。

    そして、生者と死者とは、いうまでもないですが全く別個の存在です。
    死者は死して、その生豊かなることに初めて気がつくのですが、
    逆もまたしかり。

    古くは中世の「死の舞踏」「メメント・モリ」にみられるよう、またフロイトの
    「タナトス」の概念(人間が自己破壊や死に惹かれる根本衝動)に
    現れるように、生者も生の中で死を常に意識しているのです。

    それは、同時に両者が決して一緒になることも示しています。
    残酷なようですが、冷厳たる事実です。

    「わが町」でワイルダー作品に初めて触れましたが、氏の視点には
    醒めた、というより「冷静な観察者」と、人を完全には突き放せない
    「寄り添う友人」としての二つがあり、それが本作を大人のものにしています。

    決して触れ合えない生者と死者がそれを知りつつも一瞬だけ交わった
    ラストシーンは奇跡的な美しさとワイルダー自身のそっけなく、でも深い
    優しさに満ちていてまさに必見です。 


    今、これを書く為に「生きるって辛いことね…」の台詞を想い出してたら、
    少し泣けてしまった。 持続性がある作品だなぁ…。

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    2011/01/29 07:35

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