Flowering Cherry 公演情報 加藤健一事務所「Flowering Cherry」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    金を払うに値する高レヴェルの芝居空間。古典的名作とされるだけの強さがある。台詞の遣り取りで語られる一つ一つのエピソードが目に浮かぶ。

    『アラビアのロレンス』、『ドクトル・ジバゴ』、『ミッション』等の映画で世界的な名声を得た脚本家ロバート・ボルト。彼の出世作となった舞台『花咲くチェリー』は1957年11月20日初演。日本では1965年、文学座で初演。北村和夫が400回主演してライフワークとさえ呼ばれた。(最後となった2004年の地人会公演では主演北村和夫、奥さんベル役に八千草薫さん!)

    1957年の初春、ロンドン郊外に住む一家の物語。旅行保険のセールスマンから管理職に出世したジム・チェリー(加藤健一氏)にはずっと夢があった。いつか故郷のサマセット(イギリス南西部地方)に戻り、リンゴ園を経営すること。生家がそれを生業にし、満ち足りていた黄金時代の記憶。
    妻のイゾベル=ベル(山本郁子さん)、20歳で結婚して25年夫に尽くしてきた。
    徴兵の近いT・S・エリオットを愛読する生意気な19歳の息子、トム=トーマス(澁谷凜音〈りん〉氏)。
    デザインのセンスで特待生候補の女子高生、ジュディ(小田あかりさん)。

    ジュディの憧れで、卒業したら一緒に部屋を借りて住む約束をしている学校のスター、キャロル(菊地歩さん)。
    ジムの同僚で気の優しい友人、ギルバート・グラース(林次樹氏)。
    突然の来訪者、デイヴィッド・ボウマン(浅井伸治氏)。

    浅井伸治氏は内田健介氏を思わせるノリで笑いをかっさらう。
    澁谷凜音氏はメンタリストのDaiGoっぽい。
    山本郁子さんは森光子の面影を。
    加藤健一氏は舘ひろしと三船敏郎を足したような苦み走った魅力。

    シードル(リンゴ酒)と言うよりもスクランピーの入ったミニ樽が家に鎮座している。(スクランピーとはイギリス南西部地方で飲まれるリンゴ酢に似た味の強烈なシードル)。これをガブガブ飲む姿が実にいい。

    黒澤映画を観ているような面白さ。
    是非観に行って頂きたい。

    ネタバレBOX

    メチャクチャ好きなエピソードがジムの少年時代のリンゴ園での思い出。洞穴のような真っ暗な小屋に住む怪力無双の大男、デシー・ビショップ(?)。馬を肩に担いで歩き、太い火掻き棒を腕の力でねじまげて輪っかにしてしまう化物。荒くれ者ばかりの農夫の中で一際飛び抜けた英雄。こんな汗と力だけの神話のような世界でそんな男達になることに憧れたガキの頃の自分。

    ベルがジムの夢を叶えてやろうと後押しする。この人は自分の夢を我慢して生きてきたから駄目になったのであって、本当にやりたいことをやらせてやれば望んでいた幸福に辿り着ける。その為に全てを捨ててもいいと思う。だが現実のジムは夢が実現することに怯えて逃げ惑う。ベルはその姿に心底落胆する。自分はこの男の何を信じて愛してきたのか?そもそもそこには何もなかった。山本郁子さんの名演。

    アフタートークでの加藤健一氏の見解として、花は咲くが実がならないという意味でタイトルを『The Flowering Cherry』=『桜』としたのだろうと。英国では実を食べるものをcherry、観賞用のものをJapanese cherry、flowering cherry、Japanese flowering cherryと呼んでいるそうだ。
    役者生活56年目の加藤健一氏にとって今作の役作りが今までで一番難しかったと語る。主人公ジム・チェリーは結果的に嘘ばかり口にしてしまう男なのだが、それが意識的なものなのか無意識的なものなのかの判別が難しいと。ただ夢想、逃避として夢を語っているだけなのか、どこかに本気の思いが込められているのか。台詞の一つ一つを吟味したと。
    役者の役作りの深さに感心した。プロファイリングのような徹底的な考察と肉付け。役作りにのめり込む俳優はまるで哲学者だ。

    黒澤明に『生きものの記録』という作品がある。『七人の侍』で天下を取った黒澤明がその翌年に撮った作品。大不評で興行的にも失敗した。核爆弾、核実験、放射能汚染···、次々に報じられるニュースに下町の工場経営者の三船敏郎は恐怖する。全財産を処分し家族でブラジルに移住して逃げようと独断で決める。冗談じゃないと家族は皆大反対、財産分与の話に。三船は無理矢理にでも従わせようと自分の工場に放火、焼け野原に。財産なんか無くなれば諦めて皆付いてくると思い、良かれとやったことだった。だが家族以外の工場の従業員達の生活はどうなるんだ?と責められる。ハッとその過ちに気付いて三船は平謝り。お前等家族さえ助かればいいのか?と詰められる。土下座して土下座して土下座して···、三船は気が狂う。

    今作のラストにそんなものを感じた。

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    2026/04/17 17:13

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