『ガチゲキ!! Part3』 公演情報 『ガチゲキ!!』実行委員会「『ガチゲキ!! Part3』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    ガチゲキ感想
    ほしぷろ✕劇団だるめしあん

    ネタバレBOX

    ほしぷろ
    『名前がカタカナの難しい人たち』
    構成・演出:星善之
    原作:『トロイラスとクレシダ』

    舞台が始まるとジャージの人物が二人。
    シェイクスピア『トロイラスとクレシダ』の人物表を読み上げる。
    手にしているのは小田島訳と松岡訳。
    片方はプリアモス、片方はプライアム。あれ、違う。
    的なシーンだ。シェイクスピア翻訳あるある。このシーンが体感結構長く、展開としては同じ調子なのが観劇の出足としては痛かった。

    演劇部的な二人が、顧問の先生っぽい人の与える「シェイクスピアの『トロイラスとクレシダ』を二人で上演せよ」という無茶ぶりに翻弄されたりやってみたり、という展開。

    舞台開始から、劇場には現代の戦争のような音が間断なく流れている。

    この状況で、舞台上で起きている事をどう観るか、というのが観客投票によって大きく異なる作りだなと思ったし、刺さる人の方が少なそうな試みのようにも思える。
    演劇バトル・ガチゲキというある種のエンタメイベントにおいてこの球を投げてくるというのは、相当にぶっとんだ作り手なのだと思う。

    見え方として一番濃厚なのは
    国家(=先生)とその国民(=部員たち)
    という印象だ。

    先生らしき人の言うままに、部員は『トロイラスとクレシダ』のシーンを演じ始める。
    一人が何役もやる、という形態は私はとても好きなのだが、舞台上では「そんな無茶な」という前提の元に、おざなりな「やらされてる感」の強い演技が続く。
    この感じが結構長いのもまた、観ててちょいとしんどいポイントだった。
    シェイクスピアの台詞を、一人で何役も。もっと楽しそうにやってほしい。という思いと、いや、国家と国民を被せているとしたら、これが正解か、という思いと色々複雑である。

    先生の無茶ぶりについていけなくなった生徒らが、「一人でやって下さい」と舞台を降りていく。
    やってられない世界、への叫びのような物は感じる一方、世界のやってられなさをそのまま「やってられなさ」として投げつけられた感がある。
    「じゃあどうしたら」は私たちが持ち帰る問題ではあると思う。
    劇場から出た後にじわじわ効いてくるタイプの演劇だと思った。
    観客投票が観劇後すぐ行われる、という形式においては、極めて不利な演目のように思う。投票までに咀嚼し切れない。
    私が観た日の投票では圧倒的に負けていた。それすらもどこかで「人は分かりやすい答えに食いつくからね」と微笑まれているような気がする。
    やっぱり、相当にぶっとんだ作り手な気がする。審査員評に強そうだ。

    ただ、世界情勢が混迷する中、戦場音が流れていると、リアルが舞台空間を凌駕しているので「演劇観てる/やってる場合か」という感情が先行して掻き立てられる気がした。
    イヨネスコの戯曲とかを読んだ際の、「何だこりゃ」感にとても近いものがある。なんだこりゃ。



    劇団だるめしあん
    『死ぬばかりの君たちへ~シェイクスピア♂️学園~』
    作・演出:坂本鈴
    参考作品:『ロミオとジュリエット』『マクベス』『ハムレット』『オセロー』『十二夜』

    そしてほしぷろの後に劇団だるめしあんだ。
    シェイクスピアの登場人物たちが集う学園をテーマにした乙女ゲー厶の中に腐女子二人が入り込んでしまう。
    全ヒロインに死亡エンドが待つ中、その運命から逃れられるのか?

    という、ノリも温度感もほしぷろとは対照的な演目だ。
    設定がアホらしくてすっと観られる。味つけもエンタメ色で、正体不明の食べ物かも分からない物体を出された後だと、とりわけごちそうのように見える。

    ただこちらも、食べやすいごちそうの見かけをした劇薬だ。
    物語が進むにつれ、やはり世界への叫びが展開される。
    個人の、中年の、叫び。女性の、叫び。世界の仕組みへの、叫び。
    その構造の分かりやすいボスキャラとして「女性蔑視の権化・シェイクスピア」を置くことで、それを乗り越えていく主人公たち、という姿を分かりやすく観る事が出来る。
    このアホから主張へのシフトがとても上手い。いつの間にやら引き込まれて、主張に共感しやすい下地が出来ている。
    わりとゴリゴリした主張をバリバリ戦わせる後半だが、とても受け入れやすい。
    前に観た同劇団の『ラブイデオロギーは突然に』(とても良かった)の方向性と共通の物が根底にある。
    いつのまにか涙を流し、世界の問題と戦ったような気持ちになって劇場を出る。
    とても良かった。


    本当に対照的な二演目だった。
    世界の「やってられなさ」をそのまま舞台に乗せるのか、「それでも」と抗う姿を見せるのか。
    観客票は劇団だるめしあんの圧勝だったし、まぁそうなるだろうと思う。
    ただ、抗う姿を観て、私たちはスッキリして劇場を出て良いんだろうか、とふと思う。劇場を一歩出た先には、やはりままならない世界が広がっている。
    答えは自分で見つけて下さいと、ほしぷろが微笑む姿が脳裏によぎる。もう一回ほしぷろを観てみたい気になるのが、悔しい。



    しかし、座・高円寺はやっぱりバカでか空間だなと思う。今回の二演目、いや、露と枕・鋼鉄村松も合わせて四演目、願わくばもう少し小さめの空間でもう一度観てみたい。劇エネルギーの散り方が尋常じゃない。たぶん、もっと凝縮された何かが、客席と舞台の間で消失してる気がする。

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    2026/03/13 21:31

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