大きな豚はあとから来る 公演情報 渡辺源四郎商店工藤支店「大きな豚はあとから来る」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    二日にわたって観たくなる秀逸さ
    心の隙間がすっと満たされて
    ほんの少し歩み始めるようなひとときに
    がっつりと掴まれました。

    戯曲に、観る側として
    役者のお芝居をしっかりと受け入れ得る奥行きがあって、
    幾重にも取り込まれてしまいました。

    で、一部役者が変わることにも魅力を感じて
    2日・3日両日とも観てしまいました。

    ネタバレBOX

    冒頭、
    どこかステレオタイプな
    新婚とも思えるような夫婦の会話がくっきりと演じられて。
    シンプルにまっすぐ物語に取り込まれる。

    縁薄く過ごしてきた女性を取り込む
    中近東の見知らぬ王国への
    嫁入りの誘い・・・。
    嘘に巧みに編み込まれたリアリティが
    女性の心の隙間にすっと入り込み、
    膨らみ満ちていく。
    男の手練と女の当惑が
    すっと噛み合うところで一気に引き込まれました。

    ほんの少しの踏み出しの刹那に
    彼女の歩みがそれまでの実直さから乖離していきます。
    騙されたというより
    満ちるものに誘い込まれていく感覚が
    しなやかに観る側に伝わってくる。

    女は揺らぐし、疑う。
    でも背を向けるのではなく、
    むしろその手の中の刹那を手放そうとせず
    守ろうとする彼女に
    不思議な実存感が生まれて・・・。
    男の言葉にうなずく女に対する
    観る側の違和感までが
    どこか滅失していくのです。

    その男に過去に騙された女性が現れて
    見透かしたような口調で
    女の歩む先を浮かび上がらせるシーンも秀逸。
    2日・3日と異なる役者で演じられましたが
    同じ立ち位置に置かれたキャラクターから
    異なるニュアンスが滲み出しておりました。
    でも、それぞれに、
    現実を突きつけるに留まらず
    抜けられない女との対比のような達観が
    それぞれのキャラクターの色でかもし出されていて。
    天明留理子のお芝居からの対比として
    結婚による女性としてのプライドの充足のようなニュアンスが浮かび
    藤堂貴子のお芝居からの対比では
    結婚によって担保される愛情の行き先のようなものが
    感じられて・・・。
    その違いに驚く。

    朴訥とつぶやくように歌われる
    「月の砂漠」から伝わってくる
    素にされた業のようなもの。一人の女性が抱くコアの重さ・・・。
    何度も立ち位置を変えて挿入される
    ステレオタイプでどこか実態を喪失し形骸化した
    冒頭からの家庭のシーンがボディブローのように効いて
    観る側までが彼女自身の世界感に閉じ込められて。

    今回は仕事は相応に出来るであろう銀行の女子社員という設定でしたが
    初演の主人公の設定は異なったものであったといいます。
    この戯曲、物語の芯にある女性に編み込まれた普遍性をいろんなバリエーションで演じることができるしなやかさを秘めていて。
    でも、一方でその芯から浮かび上がる女性像は、役者たちの力量で大きく異なってくる気もして・・・。
    観終わって、思い返し、さらには戯曲を読んで、
    かめばかむほど、秀逸な舞台だと感じたことでした。


    ☆☆☆◎◎○○☆☆










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    2011/01/05 00:37

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