土曜日の過ごしかた 公演情報 ニットキャップシアター「土曜日の過ごしかた」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    面白い、お薦め。
    昭和11~12年頃から戦後迄の世相というか世情を軸に描いた群像劇。公演の魅力は、舞台美術と小道具(マスク)を使って逼迫・閉塞していく状況を視覚的に表し、言葉では表し難い時代の空気感を醸し出す巧さ。時代の「圧」が強まること、それはジワジワと得体の知れない不気味さ、そう感じた時には もう遅いのかもしれない。

    京都の喫茶店が舞台。新聞「土曜日」という 今でいうミニコミ(タウン)誌までが不穏な時代に飲み込まれ、自由が殺がれていく怖さ。少しネタバレするが、新聞も発行の都度 検閲を受け問題にならなかったが、全体を通してみれば という具体的な根拠/論拠を示すことなく廃刊に追い込んでいく。この庶民の暮らし向きの変化が、物語のテンポに表れているよう。時局が逼迫する前は、のんびりといった感じだが、軍歌が流れ出征の場面から慌ただしくなる。敢えて時代の空気感と物語のテンポの同期を合わせているよう。この緩急によって時代が動いていることが分かる。
    (上演時間2時間10分 休憩なし)

    ネタバレBOX

    舞台は円形、その円周の上 正面奥に本を見開いて立てたような造作。その中心に喫茶店デイジーのカウンター、上手の戸は出入口、下手の戸は屋内へ通じる。全体は焦茶(珈琲)色で格子風の造りが京都といった雰囲気を醸し出している。冒頭 客席側にテーブルとイスが三組あるが、時局とともに本(壁)の両端が少しずつ狭まっていく。同時にテーブルとイスも取り払われ、最後のテーブルとイスは特高警察の取調室や汽車の座席に変わる。
    映画俳優(大部屋)の斎藤雷太郎が待遇に不満を抱いていた、それが新聞発行の発端。舞台では自転車に乗って京都の街を といった行動力が描かれている。

    当日パンフは「土曜日」のようなタブロイド判の見開き新聞、そこに実際発行されていた新聞の概要が書かれている。それによると「昭和11年7月から12年11月まで・・・紙面は六面あり 映画評を中心とした文芸欄、海外の雑誌記事の翻訳紹介した海外情報や地元京都のこと・・・読者投稿に力を入れ」とある。発行部数は7~8千部。現物を見ていないが、今でいうミニコミ誌と変わらないよう。しかし時局の悪化に伴い、執筆者の多くが検挙され廃刊。表現の自由が殺がれ、反国家的な思想や態度をとれば捕まってしまう。

    冒頭は 喫茶店という憩いの場所を中心に、東京から来た大学教授や新聞「土曜日」の発行人 斎藤雷太郎らが映画評論や地域の話題を話している、そんな自由が感じられる光景。それが反国家的な思想(無政府主義など) その集会が弾圧されだす。円形 舞台の外には所々赤い滲みのあるマスクを被り 手に持つ、それは多くの人が監視し、いつの間にか血塗られた同調圧力になっていることを表す。円周の上をなぞる様に奥壁が狭まる様子は、世情の閉塞感に外ならない。圧巻は映画評論を執筆していた文学部教授が特高警察の取調を受けるシーン。留置所に収監したまま しばらく取調をせず精神的な苦痛を与える。そして(反省的な)作文を書かせようとするが…。教授にすれば自分が取り調べられる理由がわからない。本人の自覚なきこと、それでも何らかの理由を でっち上げ起訴し裁判へ。最近の冤罪事件の取調/裁判を連想させる怖さ。

    公演の魅力(見所)は、戦前の京都の街がだんだんと きな臭い時局に巻き込まれていく様子、そして戦時中の緊迫した様子、最後は「リンゴの唄」が流れる中 舞台セットが元の広さに戻る戦後(喫茶店⇨居酒屋「白菊」)の様子、その節目を視覚的に観せ、観客に考えさせるところ。あくまで押し付けることなく時代の流れを飄々と描いているが、その奥底にある恐怖は犇々と伝わる。知らず知らずに世の中が悪くなっていくこと、そう考えたとき 今(時代)に敏感でいることの大切さが解る。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2026/02/28 16:54

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