ある夜をめぐって 公演情報 パンケーキの会「ある夜をめぐって」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    「エーリヒ・ケストナー~消された名前~」についてコメントします。非常に質が高かったです。終演後のアフタートークで演出家がおっしゃったとおり、ナチス・ドイツは現代社会において絶対悪です。具体的には称えることを法律で取り締まっている例もあります。ではこの恐ろしい体制を支えた民衆は「悪」だったのでしょうか。これはハッキリしない命題です。なぜなら、ナチス=システムと闘うことは何かを犠牲にすることを強いたからです。私たちには幸福追求権があります。その枠内で、能力を活かした個々の営みを頭ごなしに否定するべきではない。当時の、排外主義が台頭する段階において、弁護士などの資格職に就くことの多かったユダヤ人が資本を蓄積し、労働者階級をコントロールする側に回っていたことは事実でしょう。政治不満は実体を伴っていました。こうした構造格差において庶民の拠り所とした勢力が「人種決定論」を叫び国政を牛耳ったナチスだったのです。門を叩き党員証を受け取れば暮らし向きが良くなります。一党制を掲げるナチスでは党活動と政府が通じており、私生活も優遇される可能性が跳ね上がったからです。
    働き口を拡張する動機付けを自己中心的だと我々の視点から断じることはできるのでしょうか。では、それが貧しさに喘ぐ仲間に果実を分け与える目的も兼ねていたらどうでしょうか。舞台を観ていた私は、妥協し国策映画の脚本を書くようケスナーを口説く体制側に共感していました。頑なに申し出を断るケスナーに苛立ちを覚えたほどです。こういう集積がナチスの権力を補い全体を破滅に追い込んだわけですから、やはり「地獄への道は善意で舗装されている」のです。

    先日、『新 映像の世紀』(NHK)を観る機会がありました。宣伝省を立ち上げ、世論を特定目標に誘導する過程に関わったゲッペルスが主題でした。番組では同時代における米国が「正義の自由」として描かれますが、私はそうは思いません。なぜなら、初期ナチスを経済的に潤わせていたのが、フォードなど米国産業界だったからです。人種の登録を義務付け、行政サービスを区別する徹底した人種隔離政策も米国から見習っています。だからこそ、英米などアングロ・サクソンの捕虜に対してはむやみやたらに傷つけることなく戦時国際法を遵守したのです。
    翻って今日、白人属性の被害を誇張する共和党も、「アイデンティティ政治」と称し属性で分類する民主党も、悲劇を再生産しうる地政学的リスクを抱えています。(欧州では人種分類法を禁じています。その例外が、社会衛生学としてのナチスのモデルとなった北欧諸国です)

    0

    2026/02/03 01:24

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大