交差点のプテラノドン 公演情報 演劇集団 Ring-Bong「交差点のプテラノドン」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    面白い、お薦め。
    フライヤーの絵柄と言葉に物語が凝縮されており、プテラノドンは そういう意味で使っているのかと納得。そもそもプテラノドンとは何か知らなかったので、少しネット検索してみた。それによると翼竜だが翼を羽ばたかせて飛ぶのではなく、滑空(風に乗って)ということらしい。劇中で、子供の時に持っていた羽が、成長し大人になっていくにしたがい 小さく無くなっていく といった旨の台詞がある。言い得て妙だと感心(いや寒心)した。人でいえば、飛び方は人それぞれ違う。

    説明の「葬式であぶり出される家族の本音から・・・『家族とは』を問いかけていく」は、同じ家庭で育ち 同じ方を向いて歩んでいると思っていたのに、いつの間にか反対や横の方へ歩いている。まさにスクランブル交差点で、下手をすれば ぶつかってしまう。そんな危険な状態を笑いを交えて描く。昭和の典型的な父親の急死、そして産婦人科クリニックの院長という設定が巧い。そこには誰も逃れられない「生」と「死」という問題が横たわっている。

    舞台美術、冒頭は素舞台だが情景に応じて構築・変化していく。それは夫婦だけの暮らしから子供が生まれ育ち、そして孫が生まれる。何もない空間に情景が立ち上がるように、家族という最小単位の集団が形成されていくようだ。しかし緊密な造作ではなく、隙間だらけというところに この家族(里中家)の今の状況が透けて見える。俳優陣は普通にいそうな人物を演じているが、いつの間にか個性溢れる人物像を立ち上げている。その人々の濃密であり 時として粗密(とぼけた)な会話が面白い。
    (上演時間2時間10分 休憩なし) 

    ネタバレBOX

    舞台美術は素舞台と思っていたが、上演が始まると俳優陣が白テープで間取りを区切るように床にテープを貼付、それを壁に見立て白枠(ドア)、テープ枠内に本棚や机を配置する。途中でバミリを加え、書斎から居間へ転換する手際も見事。骨組みだけで隙間風が、この様子こそ里中家の現況を表しているよう。物語は、或る夏 里中産婦人科クリニック院長の里中こうたが熱中症で急死したところから始まる。

    物語は説明にあるように、里中産婦人科クリニックの院長である里中こうたの通夜。こうた には三人(姉妹弟)の子供がいる。次女は大学病院の産婦人科に勤務。長男で末っ子は形成外科医、そして長女の唯は、母の遺言もありクリニックを守ろうと必死。遺言状が遺されているのか、遺産とクリニックの今後をめぐり姉妹弟は意見がぶつかる。そんな中、唯の娘 花音(17歳)が妊娠していることを告白する。そして亡くなった こうた とあの世への案内人 さつきが幽霊として彷徨っている。

    こうたは、自分の(現実の)葬儀に(仮想の)幽霊として第三者的に表れ、俯瞰的に様子を見守る。そしてちょいちょいと口をはさむが相手には聞こえない。重くなりがちな葬儀、それをコミカルに描きつつ 家族の本音を炙り出す。集まっているのは普通の親族、それを建前・傲慢・強欲・理屈などの性格を誇張し人間臭さを描破する。娘 花音の妊娠(21週目)について話し合う過程で やっと本音が出てくる。そこには彼女の将来と生む生まないといった「生死」の問題があるため。こうた は望まぬ妊娠に特別養子縁組を働きかけていた。この縁組によって救われたのが、あの世への案内人さつき。さつきも望まぬ妊娠をし、自分は亡くなるが 赤ん坊は助かり こうたが縁組に関わってくれた。

    家族といっても 皆同じ方向を向いているわけではなく、その立場や事情が優先する。それは我儘のようでちょっと違う。その表現し難い微妙な感情を役者陣は巧く体現している。また 唯が信じている風水や奇妙な宗教踊り、こうた と顧問弁護士 森塚晶子の共通の趣味など横道へも逸れるが、コミカルなタッチを大切にしているよう。脚本の面白さや演出の巧さもあろうが、役者が漂わす空気感のようなものが現実と幻想が交じり合う不思議な世界を創り上げる。普遍的かつ超越的な物語は、観客の感情を揺さぶり 考えさせる秀作。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2025/12/06 07:10

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