満足度★★★★★
感情豊かな前衛作品
巨匠演出家クリストフ・マルターラーさんの巧みな演出が光る、面白い作品でした。全編ゆったりした時間進行で静かな場面が多く、ストーリーもほとんどないのですが、全然眠くならずに観ることが出来ました。噂の通り、合唱も本格的なレベルで素晴らしかったです。
室内に見えるけど、ガレージや街灯がある不思議な空間の中で十数人の役者たちがちぐはぐな対話やモノローグを話すのを通じて、資本主義社会において取り残された人々の希望と諦観が滲み出るように表現されていました。ダンスやマイムとも違う身体表現も乾いたユーモアが感じられました。壁や家具をこすって出すノイズで構成された音楽、というか音響もジャーマンプログレを思わせる音で印象に残りました。
合唱はこのメンバーで普通に演奏会をしても良いくらい上手で、とくに微かに聞こえるピアニッシモの神秘的な表現は息をするのもためらわれるくらいの美しさでした。
クラシック音楽の知識がなくても音楽としても美しく楽しめますが、知っているとその曲を使っている意図でも楽しめます(シューマンやシューベルトの希望を歌う曲が歌に入る前にイントロだけで中断されるシーンなどがあります)。
1曲だけポップスが使われていて(ビージーズの「ステイン・アライブ」で皆が踊ります)、その曲だけが伴奏が生演奏でなかったのがアイロニカルでした。しかも、この賑やかな曲の直後に歌われるのが耽美的な寂寥感の溢れるベルクの歌曲で、その対比が非常に鮮やかでした。
終盤の展開は緩慢ながらも、とても刺激的でした。バッハの有名なカンタータをBGMにファッションショーが繰り広げられ、それぞれランウェイのフロントでのポージングのときに小ネタを入れて笑わせるのですが、次第に着ている服がみすぼらしくなり、爽やかなバッハの旋律に「キリエ・エレイソン」とミサの文句が乗せられ、サティの「貧者のミサ」(この曲の歌詞も「キリエ・エレイソン」で始まります)に接続される流れは、笑いと虚無感が一緒になった複雑な情感を醸し出していて素晴らしかったです。
そして最後のシーンは希望が見えたと歌う、ベートヴェンのオペラ『フィデリオ』の曲が繰り返し歌われるのですが、繰り返すたびに低い調に転調して重苦しい響きになってくのに合わせて照明も暗くなって行くという、寂しいものでしたが、優しさを感じさせるものでした。
昨年パリのオペラ・バスティーユで観たマルターラーさんの演出したベルクのオペラ『ヴォツェック』が初マルターラー体験で、その時はあまり印象に残らなかったのですが、今回は音楽を使って何とも言えない感情を引き出す手腕に引き込まれました。オリジナル作品の方が自由に音楽を扱えるので、やりやすいのでしょうか。