焼肉ドラゴン 公演情報 新国立劇場「焼肉ドラゴン」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2025/10/23 (木) 13:00

    腹の底から搾り出すような、やり場のない怒りと悲しみの台詞に圧倒される。
    怒涛のように笑っても歌ってもつかみ合いの喧嘩をしても、
    深いところには涙の川が流れている。
    宿命とか運命とか言ってあきらめるにはあまりにも過酷な人生。
    国って何だ? 人を幸せにしない国って何なんだ?
    それに耐えて生きている人々の姿に、ただ泣いているだけの自分が情けなくなる。

    ネタバレBOX

    1970年大阪万国博覧会があった頃・・・大阪国際空港に近いこの一角は、在日の人々が
    肩を寄せ合うように暮らす地域だ。
    そこに「焼肉 ホルモン」という看板を掲げる小さな店があった。
    人々がこの店を「焼肉ドラゴン」と呼ぶのは、太平洋戦争で左腕を失った店主、
    金龍吉の名前に“龍”の文字があるから。
    店主は先妻亡き後、二人の娘を連れて再婚し、後妻とその連れ子の娘、二人の間に生まれた
    長男、という複雑な6人家族となった。

    この店に出入りする人々、とりわけ男たちの焦燥とあきらめ、そこから逃げるように
    毎日酒を飲んで歌う様子に女たちが怒鳴り散らすのもうなずけるというものだ。
    在日の人々の制限の多い社会で、濃密な人間関係が否応なしに絡まってしまう、そのジレンマ。
    長女も次女も三女も、申し合わせたように結婚はトラブルだらけだ。

    進学校へ進んだもののいじめに遭い、多分そのせいで「あ~」と発するだけの“失語症”に
    なってしまった長男が哀れでならない。
    彼だけは“日本生まれの日本育ち”であり、大人たちのように酒や歌で憂さを晴らすことも知らない。
    逃げたり帰ったりする故郷を想像して心を慰めることもできない。
    辛酸をなめ、逆境の中で生き抜いてきた父親の強さもない。
    出席日数が足りずに中学校を留年することになり、親からは転校も許されず、絶望の果てに二階の屋根から飛び降りて死んでしまう。
    唯一彼が自ら選んだ選択肢がそれかと思うと、差別の激しさと何に対してなのかわからない悔しさで胸がいっぱいになる。

    その長男が、物語の冒頭屋根に上って大声で叫ぶように語る。
    「この町が嫌いだった…」
    そしてラスト近く、死んだはずの彼は再び屋根の上から叫ぶのだ。
    「今は…この町が好きだ」
    ことばが出なくなった時間を取り戻すかのようなその声が、登場人物の中で一番切羽詰まって聞こえた。

    立ち退き、取り壊し、バラバラになる家族、と最後は別れを惜しむ時間をたっぷり
    取ってくれたおかげでずっと泣き通しだった。
    この先の運命を知っていると余計に希望が持てなくて暗澹とする。
    それでもきっとドラゴンは、その片腕で生きていくのだろう。
    そのへんのヘタレとはわけが違う。
    でもだからこそ、余計に涙が止まらないのだ…。

    韓国語の訳がタイミングよく表示されるので勢いが損なわれることなく話が進む。
    人を根本から支える母国語の強さを感じる。
    そのことばを失った長男の孤独が、痛みを伴って際立つ。
    開演前から演奏されるアコーディオンと太鼓の演奏、劇中歌われる当時の流行歌、テレビのCM等
    時代を彷彿とさせる要素が盛りだくさんで、当時の日本の空気感が色濃く漂う。
    ハマリ過ぎの配役に考える間もないほどの台詞の応酬、完全に持っていかれた3時間強。
    最後の「ドラゴン」を観たいけど、泣き虫の私は観られないかもしれない (/_;)

    0

    2025/10/24 16:48

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大