悲円 -pi-yen- 公演情報 ぺぺぺの会「悲円 -pi-yen-」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を下敷きに、劇作家自身の投資体験をもとに「新NISA」「投資」「FIRE」の3つのテーマによる現代性を掛け合わせた異色の社会批評劇。かねてより、歌舞伎の『毛抜』と三島由紀夫の『太陽と鉄』を掛け合わせた現代劇を上演するなど、斬新なアイデアと思考の深度によって観たことのない、そして同時に今日性を忍ばせた作品に果敢に挑む、ぺぺぺの会らしい新境地であったように感じた。

    ネタバレBOX

    この題材、この作品を上演するにあたって、最も効果的だったのは会場選びであるのではないかと思う。「ギャラリー南製作所」というその場所は演劇が上演されるスペースとしては決して頻度も知名度も高くない。私は過去に一度コント公演で訪れたことがあったので何とか辿り着け、そう慌てることなく席につけたが、今回の公演を機に本会場を知った観客にとっては驚きや戸惑いも大きかったのではないかと思う。しかし、そういった異質の空間をうまく活用し、視覚的な情報としてのみだけではなく、劇の内外含めて場の共振や反響を巧みに成立させていた。
    中でもガレージを使用した車の入庫から始まる冒頭は抜群に鮮烈で、車で人物が登場する珍しさや新しさはさることながら、そのことによって舞台となるブドウ農家やその周辺の閉塞的なムード、車でやっとこ辿り着ける土地感のリアルが、文字通り演劇を“ドライブ”させ、物語への没入を大いに手伝っていた。入庫に始まるだけでなく、出庫に終わるラストもまた、場を乱すアウトサイダーの登場と退場という物語のうねりを示唆的に表現するに打って付けであり、起と結の運びとしてのその鮮やかさに目を奪われた。

    ブドウ農家を営む田舎の一族の生活は決して華やかではない。そんな中、投資で一躍有名になったユーチューバーの義兄(亡き娘の夫)が女優の恋人を連れて訪れ、息子の良夫ちゃんは強い反発を覚える。「田舎にある実家に都会風を吹かせる親族の誰かが現れる」という設定や、そのことが生む分断や軋轢自体は物語の汎用性としては高く、そう珍しい展開ではない。しかし、本作ではその振る舞いが単なる「嫌味」ではなく、それを通じて現代における投資そのものの問題点や、「新NISA」の登場によって身近に見えている投資がその実資本主義社会の骨頂である点、そこから感じ取る労働や生活の無力さや皮肉を描いている点にオリジナリティが光っていた。「経済」の話に終始せず、そこから現代社会における孤独や不安、それと表裏一体の野心が忍ばされた社会劇だった。ダンスや劇中劇を多用し、ある種のエンタメとしてそれらを昇華しようとし、同時に消費しようともする様も批評性に富んでおり、興味深かった。

    一方で、登場人物一人ひとりの人物造形や、「家族の物語」としての深掘りがやや甘く、時折置いてけぼりをくらった印象も受けた。そうしたぼんやりとした部分を『ワーニャ伯父さん』という物語やその人物相関図、あるいは他での上演の記憶から補填しようとする生理が観劇中に働いてしまったことが個人的にはもったいなく感じた。無論、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を下敷きにしていることを明言した上での上演であるため、観客のそうした作用を想定した上での構成なのかもしれない。しかし、個人のキャラクターやそれをものにしつつ独自の芝居体で表現する俳優陣の魅力が大きかったこともあり、そこから広がりが生まれなかったことで作品が小さくなってしまっている印象を受けてしまった。これはある意味では「もっと背景が知りたい」という人物への興味・関心の強さであるし、その個性や魅力を物語る感触でもあった。ぺぺぺの会的眼差しに期待を込めたい。

    しかしながら特筆したいユニークさは他にもある。日経平均株価に連動するチケット価格もその一つで、「演劇」という営みが産業として捉えられづらいこの日本において、この試みは面白いだけでなく、実に批評的で、ある種のエンパワメントでもあるようにも私は感じた。劇中で俳優が株価をチェックするのも面白く、本作の主題が劇の内外を横断するその様でしか得られないリアリティがあったように思う。

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    2025/06/30 03:09

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