センの風とムラサキの陽(池袋演劇祭・優秀賞受賞) 公演情報 劇団バッコスの祭「センの風とムラサキの陽(池袋演劇祭・優秀賞受賞)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    生き残った者
    「バッコスの祭」の芝居にはいつも泣かされている。今回、ここでも「泣けた」という感想が多く、先に観た友人が「目が腫れるほど泣いた」と言うものだから、ミニタオルを手に観たが(笑)、予想したよりもウェットではなく、抑制のきいた芝居だったので、むしろ好感が持てた。
    作者はもとより、出演者らも広島に足を運び、関連資料に当たるなど、時代背景について相当勉強を重ねたと聞く。
    4年前、池袋演劇祭にこの作品(初演)で出場し、入賞を果たせず、今回は再演で受賞ということで、まずはおめでとうございます。
    池袋も3年連続で受賞しているそうで、着実に実績を積み重ねているようで喜ばしい。

    ネタバレBOX

    オープニングの「原子」を連想させるボールを使ったパフォーマンスのチームワークの素晴らしいこと。戦争物をやってもこういう演出にやはり「バッコス」らしさがある。
    食堂の娘で実は戦争未亡人の雨宮真梨、新聞記者の金子優子、大学の研究者の田仲晶の女性陣が出色。特に金子は、これまでの印象とまったく違い、新境地を開いたのではないかと思う。
    核の研究をしていたが、特攻を志願する主役・名越青年の丹羽隆博は、坊主頭もりりしく、相変わらず身体能力に優れ、アクロバティックな演技と共に独特な雰囲気を醸し出す。劇中劇で森の石松を演じるが、かねてより彼には石松が似合うと思っていたので、嬉しいサービスとなった。
    辻明佳は名越の姉役。いつもより背がスラリとみえ、別人の印象だった。
    海軍少佐の石井雄一郎は、ガッチリと脇を固める。「バッコスの祭」は石井あってこその丹羽である。石井は歌舞伎俳優顔負けのきれいな江戸弁を遣える人で、いずれ、新門辰五郎を演じてもらいたいと思っている。ヘアメークの意見もあり、あえて坊主頭にはしなかったそうだが(どんな理由なのか?)、この時代、入営しなくても男性は坊主頭を強いられたのだから、石井だけでなく、研究室仲間の仁科役・上田直樹も本来は髪を短くしてほしかった。上田は今回、いつもの2枚目ではなく、コミカルな演技で客席を沸かせた。
    柿谷広美はバッコスでの母親役が板についてきた。若手の座組みで老け役がうまい客演者は貴重だ。新劇団員の倉橋佐季は元気があってよい。
    ほかのかたも指摘していたが、国家機密を、一新聞記者や戦意昂揚のための市民劇団員意倍で、までが知っているという設定は引っかかった。劇中劇の「蒙古襲来」では原子爆弾を名刀に例えているのだが、劇団員は知らずに演じていたほうが哀れさも共感もあったと思うのだが。
    また、そういうことで言えば、金子、田仲の好演を貶めるつもりはないが、この時代、政府中枢にパイプを持ち、命懸けで国家機密に関わる記者や研究者が女性であるというのも時代的に無理があり、違和感があった。初演は2役とも男優が演じたので、今回は座組の関係なのかもしれないが。バッコスの史劇は時代考証よりテーマの骨子を重視するので、あえてフィクションで乗り切るという意図なのかもしれない。
    丹羽の演じた青年は、日本上空の外でエノラゲイを撃墜させようとして失敗し、生き残る。最後に「平和が来るのがこわいです」と彼は言う。この台詞が重い。終戦を迎えたとき、日本人の何人かはそう思ったに違いないし、そう思わせた国の罪は大きい。
    戦争は悲惨だが、生き残った名越がこれから背負う「生の重さ」を思うとさらにやりきれない気持ちになり、そこを描いた点に共鳴する。

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    2010/10/12 23:32

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