なんかの味 公演情報 ムシラセ「なんかの味」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    小津安二郎監督の『秋刀魚の味』をモチーフにした、フィクションの力を持つシンプルなドラマ。とあるスナックを舞台に、なんだかお客さんたちもスナックを訪れたような、すこしの余所余所しさが心地よくも、妙にあったかい時間をすごした。

    ネタバレBOX

    冒頭、まずは制作の方の快い挨拶から。そして幕が開き、繊細さと大胆さの同居した巧妙な脚本と、豊かで鮮やかな俳優たちに引き込まれます。
    台詞は、説明せずとも4人の人物とそれぞれの関係の背景を想像させ、さりげないとある言葉……小さな引っかかりは感じるものの気にならない程度のものが、後半のある展開につながっていく。
    人物造形も同じく、説明されずともいつしか「ああ、この人はそう思っていたんだな」と腑に落ちる。現実の生活でも物語でも、ある人の気づかなかった一面に思い至ったとき、それまでの言葉や時間そしてその人自身を愛しく思うことがあります。そうしていつしか、客席から見ている4人のことそれぞれを、自分にとっても大切な人のように感じられていることに気づきます。たとえば平川迪子(橘花梨)の、頑なで不器用だけれどその後ろにある寂しさと強さ。父・秋平(有馬自由)のわがままな愛情と口にできない弱さ。お店のママ・薫(松永玲子)のあふれる気遣いとまげられない自分。バイト・璃(中野亜美)の若さともなうしなやかさと意地。いずれもさまざまな顔が当然のように同居している。4人それぞれの言葉にしない思いや背景が感じられることで、20年以上の時間や各々のそれまでの人生が想像できる、とても豊かなドラマでした。
    物語をとおして、家族のつながりとしがらみが浮き立ちます。また、結婚における仕事や年齢や家庭環境などの格差といった不均衡も見えていきます。「家族」というものには当然ながら、良い面も悪い面もある。そこに答えを示すわけではない。うまくいかない愛情と寂しさを抱えて、きっと多くの人が今を生きているのだと。

    全体の建て込みが丁寧だった美術のなかでもとくに、トイレが印象的でした。出ハケの都合かもしれませんが、過去のシーンの出入りでトイレという個の空間が使われていること。プライベートの大事な扉は、他者へも過去へもつながる風穴のように感じられました。きっとあの扉をあけて外へ出ると、いろんな香りがするんでしょう。もしかするとシチューの香りが。

    そういえばクリームシチューのCMにはだいたい家族団らんが描かれています。ハウス食品の「シチュー」のCMソングは山崎まさよしの『お家へ帰ろう』であり、植村花菜の『世界一ごはん』(※歌詞に「お家に帰ろう」とある)でした。
    ちなみにビーフシチューは長時間煮込むと美味しくなるけれど、クリームシチューは煮込みすぎると材料が分離してしまう。煮込まれすぎないほうが、家族も美味しいのかもしれません。物語ラスト、煮込まれていないできたての「うまっ」は、今の4人の最適距離なんだろうなと感じました。

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    2025/06/05 07:46

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