【ご来場ありがとうございました】みんなのへや/無縁バター【全ステージPPT実施】 公演情報 Aga-risk Entertainment「【ご来場ありがとうございました】みんなのへや/無縁バター【全ステージPPT実施】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    かりそめの会話のなかから浮かびあがること。
    今、ここにいることが誰かにバレると何かと都合の悪いひとたちがそれぞれの立場を守るためにタッグを組んで好都合になるように根回ししていくその場しのぎの嘘を嘘だと知らずに信じるひとと、嘘を見抜いたと確信するひと、リアル(真実)を知ってるひとたちのパズルのように入り組んだ騙し合い、誤魔化し合い、知らんぷりなどがトリッキーなモザイク模様となっていくのが心地よい『みんなのへや』。
    一方『無縁バター』では、だれかと疎遠になってだれとも無縁になったとあるひとりのひとを通じて、人との関わり合いや、人としての在り方/生き方、やむを得ない嘘について再考させられた。
    大がかりな舞台装置を立てこまないとなかなか醍醐味を味わいにくいと思われがちなシチュコメを、簡素な舞台装置を用いて役者の力と脚本の力、そして環境音と簡素な照明だけでみせるという離れ業はストイックでスタイリッシュ。
    そしてただバカ笑いをさせるだけでなく、人間に潜むちょっとした悪意や闇、生きる限り逃れられない社会性についてコメディから切り込む作家のセンスがすばらしい。

    ネタバレBOX

    さながらワンルームマンションの間取り図のようにして簡素化されたフラットな舞台に2パターンのシチュエーションで、人となりをみせていく作品。

    『みんなのへや』では同棲中の恋人の不在時を見計らって浮気相手を部屋に連れ込んだはずが、運悪くお互いの浮気相手でさえも鉢合わせてしまい、やましいことを隠ぺいしようと彼氏と彼女は奔走するも、彼氏をストーカーする女子や泥棒の珍入によって事態はややこしくなっていくというもの。

    トイレや押し入れなどがこちらからみれば何もないスケルトンの空間にあるようにしか見えないので、『バレないように身を隠している』登場人物らの様相が全部見えてしまうのが斬新で、おもしろかったです。

    絵に書いたような泥棒や同時刻にダブル浮気がバッティングなど、あからさまなベタさもなんだか古風で、かえって新鮮にうつりました。

    登場人物たちの伏線/動線を巧みにひっかきまわし最後、きれいに回収されていくのが非常に爽快。

    終盤、彼氏が家賃と彼女を天秤にかけていると思いこむ浮気相手と、浮気相手がテーブルに置いていた家賃をせしめたと勘ちがいした彼氏とが彼女と家賃を『渡す』『渡さない』で揉める場面が最も笑えました。
    それだけに、もう少し、このような会話のなかから繰り出される笑いがあったらいいのに!なんておもったりもしました。

    少し気になったのは、登場人物たちにクセや味が見られなかったこと。
    無機質な感じを出すためにあえて個性を消していたのかもしれませんが、冒頭で「夢をみつづけてもう27さいー♪」なんてしんみりとしたフォークソングが流れた後に登場するタクヤは歌詞になぞらえて『いかにも夢を追いかけてるバンドマン風』の様相だったり、オーディション行ってからバイト行った、など『いかにも』な会話からはじめまるくらいのベタさがあってもいいような気はしました。

    『無縁バター』では、部屋には誰もいないところからはじまり、部屋にあるのは、液体化した人間の死体。
    これを仕事として割り切り片づける清掃員、最近増えてる老人の孤独死を取材しに来たルポライター、老人の娘、大家、不動産会社社員らで入り乱れ。

    誰にも看取られずにこのへやで死んだ老人はどんな暮らしぶりをしていたのか。どんなことを考えていたのか。清掃員らは好奇な眼差しを向けて遺品を漁り、彼の書き残したメモや原稿用紙を読み、愉快な気持ちにすらなる。
    そこには敬う心も同情もなく、彼らの行動は悪意に近い。しかし彼らにはその自覚がなく。平気で死体の匂いを消すために死体をファブリーズするその感覚はなんだか異常で、恐怖すら感じ。

    この家のオーナーは、孤独死されたことを迷惑がり、こーゆーことがあって他の部屋の人間は出て行くし、どうしてくれるの。なんて利己主義に。
    不動産会社の社員にその分の代金を補償しろ、つめ寄ったり。
    彼らにとっては命の重みより採算がとれないことのほうがよっぽど深刻。
    というのは現実によくありそうな話で他人事だとはおもえませんでした。

    そんな諍いをする両人をみた、死んだ老人の娘はやりきれない気持ちを
    誰にもぶつけられないままうな垂れ、ルポライターは、これらをすべて一纏めにして小銭を稼ぐ。

    「この部屋では何もなかった、」ことにするビッグジョークは見て見ぬふりをするとか、記憶を失くしてしまうことでしか、慢性的な孤独や不安を拭い去ることはできない。とでもいうような陰鬱な側面も残して。
    誰が何のために生きるのが妥当であるのか。見終わった後そんなことを考えました。

    終演後のアフタートークは居心地の悪さはなく、客対も非常にしっかりしていて好感を持ちました。

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    2010/09/15 12:14

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