つきかげ 公演情報 劇団チョコレートケーキ「つきかげ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2024/11/14 (木) 14:00

    稀代の悪妻として有名な斉藤茂吉の妻の、数多ある逸話から
    何と強く魅力的な女性を立ち上がらせたことか。
    歴史上の人物に躍動感あふれるいのちを吹き込んできた、劇チョコならではの真骨頂。
    マイナスイメージのエピソードさえ、今の彼女を彼女たらしめた栄養分になってしまう。
    すごい脚本、演出、役者さんが揃って、すごい家族の話になった。
    斎藤茂吉にこの家族あり、である。

    ネタバレBOX

    歌人斎藤茂吉の晩年を描く、いわば前編の「白き山」に続く後編だが、
    こちらは妻、長女、次女たち茂吉を取り巻く家族の話がメイン。
    茂吉は脳出血で倒れて左半身に麻痺が残っている。
    彼自身自覚しているように、集中力が続かず思うように歌作が出来なくなっている。

    同居して彼を支えているのは、悪妻として名高い輝子と次女昌子。
    堅実な長男は病院を継ぎ、経営に悩みながらも頻繁に父の様子を見に来ている。
    次男は勤めていた病院を辞め、見分を広めたいとヨーロッパへ行く手段を探っている。
    また斎藤茂吉の弟子、山口茂吉も献身的に師の「全集」を出そうと奔走している。

    輝子を演じる音無美紀子さんが素晴らしくて、”天下の悪妻”のイメージが覆ってしまう。
    自分のやりたいことを貫く強さと同時に言い訳もしない潔さ。
    10年以上茂吉と別居しながらも歌人茂吉の価値を認め、尊敬の念を持って世話をしている。
    育ちの良さと旺盛な好奇心、度胸満点で怖いもの知らずのお嬢様がそのまま年取った感じ。
    茂吉の鬱々とした苦悩の表情に対して、輝子の振り切れた人生観はいっそ清々しい。
    この母が、偏屈ですぐ怒鳴り散らす茂吉に臆することなく己を貫くさまを見て子は育った。

    嫁に行った長女百子は贅沢な暮らしが好きな、またそれをさせてもらえる人生を送っている。
    帯金ゆかりさんのきれいな襟元と邪気の無い言動が自然で印象に残った。
    次女の昌子が際立って優しく清純で、よくこの両親からこんな良い娘が生まれたものだと思う。
    本当に昔の映画に出てくる良家の子女かと思っていると、
    「見合いの相手が決まったらまず自分に知らせて欲しい、医者と文学をやる人は嫌」と
    びっくりするような条件を付ける。しかも穏やかな表情で。
    「ずっと家族を見てきましたから」ってそりゃそうだと納得するが、すごいお嬢さん。
    演じる宇野愛海さんが見目麗しくはまり役で、茂吉を包み込むような空気感を纏っている。

    今回の作品で飛び交う会話の、容赦ない物言いと率直な本音が、”稀有な家族”らしくて
    良かった。腹に溜め込んで後から黒いものが吹き出すような、陳腐な家族ではない。
    仲が良くない時も大いにあったこの夫婦も、子どもたちも皆自分らしく生きている。
    相性の悪い輝子と、他人の山口茂吉でさえストレートにぶつかり合う。
    これら会話のテンポが心地よくて小気味よくて、客席からは何度も笑いが起こる。
    全員に斎藤茂吉へのリスペクトがあり、全てはそこから発しているからこその人間関係だと思う。

    本人にしてみれば不本意なことが山のようにあるだろうが、何と幸せな老後だろう。
    人生をかけて成して来た仕事のひとつ、病院は長男が後継者として引き継いでいる。
    そして何より歌人としての茂吉を皆が尊敬の念を持って大切に接してくれる。
    老いて思うような歌が作れなくなっても、かつての強い家長でなくなっても、である。
    弟子の山口茂吉が、かつての師ではなくなっても尚、絶対的な師と仰ぎ、指示を仰ぐ。
    自信もプライドも崩壊しかけた老人にとって、これほどの心の支えがあるだろうか。
    茂吉が、凡庸に見えてもありのままの自己を歌う境地に至ったのは、この支えあってのことだ。
    老いは口惜しく情けない、受け入れるにはエネルギーと時間を要する。
    緒方晋さんはありのままの自分を受容して力の抜けた茂吉を、
    その肩のあたりに滲ませてしみじみと魅せる。

    新宿の大京町といふとほり わが足よわり住みつかむとす

    大京町の終の棲家に、穏やかなつきかげが差し込むような気がした。

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    2024/11/17 00:39

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