実演鑑賞
満足度★★★
「広い世界のほとりに、独り佇みもの思えば、恋も名誉も無に沈む」19世紀のロマン主義詩人ジョン・キーツ。
この世界、実は何も無いと気付いた詩人が吐いた溜息。だが何かあるのでは?無の中にまだ何かあるのでは?足掻いた英国の劇作家サイモン・スティーヴンスの書き殴った戯曲が今作。果たして何か有ったのだろうか?それは観劇した者それぞれの胸の内。
開演前にはモリッシーの曲が流れている。
ホームズ家の三世代家族の人間模様。個人で独立して工務店をやっているピーター(江崎泰介氏)、妻のアリス(落合るみさん)。リタイアしたが時々手伝ってくれるピーターの父親チャーリー(金尾哲夫氏)、妻のエレン(姉崎公美さん)夫妻は近くに住んでいる。ピーターの息子、18のアレックス(笹井達規氏)、15のクリストファー(福田匡伸氏)。
アレックスはドイツ人の彼女、サラ(賀原美空〈みく〉さん)が出来て家に泊まらせる。クリストファーは一目で彼女に夢中になる。アレックスとサラは二人で家を出てロンドンで暮らそうと考える。何気なく家族の生活に落ちた小さな石ころが波紋となり、遂には家族の存在の核にまで届き揺さぶっていく。
休憩10分込みで2時間50分。
ハッキリ言って前半は退屈。だが休憩後の後半がまるで違う作品のように面白い。これを味わわないのは実に勿体ない。落合るみさんがどんどんどんどんイイ女になっていく。恋バナの時の表情なんか少女のよう。どこの国もこの年代の女性がキーパーソンなんだな。
主人公ピーターに家の修繕の依頼をする妊婦スーザン(舞山裕子さん)もいい味。ピーターの誰にも言えない心の痛みをずっと静かに聞いてあげる。
観客も世界もいつしかピーターのどうしようもない心象風景に同期していく。
杉山至氏の舞台美術に照明の田中祐太氏が投げ掛ける光。影の形を練って作った造形なのだろう。伸びる影のフォルムが見事な演出となっている。登場人物達の心情を伝える光と影の演出。
この戯曲の本国での評価は各世代の纏った痛切なリアリティーなんだと思う。それぞれの抱えたやり切れなさ。
是非観に行って頂きたい。