殺意(ストリップショウ) 公演情報 セツコの豪遊「殺意(ストリップショウ)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    三好十郎の濃厚な一人芝居。
    この演目は以前に観たことがあるが、それとは全く趣を異にする公演だった。その理由は、舞台が「高級なナイト・クラブ」ではなく、ジャージのイタコが、 主人公のダンサーの口寄せに挑むというもの。公演の謳い文句であろうか、「私小説をひとり芝居化してきた、劇団 セツコの豪遊主宰・宮村によるひとり芝居新シリーズ。外見の役づくりをせず、あくまでも代弁者に徹すべく、ジャージが衣装」としている。それを承知で観劇したが…。
    上演前に、宮村女史が台本はカット(テキレジ)せず、それ故に早口の台詞といった旨の説明をしていた。確かに台詞は早口であったが、以前観たこともあり 内容は概ね分かった。しかし、初めて観る人にとってはどうか?

    戦中・戦後といった時代背景、知的な大学教授が左翼 右翼といった思想を時代に合わせて巧みに論じる。地方出身者の無垢な少女は その理論に心酔するが、人間一皮むけば欲望の塊。時代(環境・状況等)の変化と変わらぬ人間の本性を炙り出すような物語。
    (上演時間1時間50分 途中休憩なし) 

    ネタバレBOX

    素舞台。
    ジャージといっても、部分的に切り取ったりし、劇中 袖部分を放り投げるシーンがある。舞台技術…音響音楽は宮村さんの指示等で適宜流れ、照明はスポットライトで彼女を照らし出す。
    本公演の見所の1つは、宮村さんの演技であろう。早口で膨大な台詞、時々噛み言い直しをするが 卑小なこと。 また主人公以外の人物を声色を変え、表情というよりは顔面(語弊あるが)といった誇張した演技 表現を行う。そこにジャージによる一人芝居の意気込みをみる。

    しかし、最後のストリップショウを終えた女の内なる激情、その淡々と語る姿が想像できない。表層的で女の情念のようなものが伝わらない。
    時代は戦中 前後、その激動期に敬愛した男に殺意を抱くことになった経緯を心情面とすれば、彼をじっと観察することで見えてくる男、いや人間の本質とも言える<生>を突き付けたのが真情面。この深奥を鋭く妖しく抉ってくるといった物語の肝が感じられないのが憾み。

    緑川美紗が語る半生、そこには人間の愚かさや卑小さ、その相反する優しさや大らかさを膨大な言葉で紡ぐ。彼女は地方の町に生まれ 兄の勧めで上京し、進歩的思想家で左翼の社会学者である山田教授の家に女中代わりとして住む。そこで教授の弟・徹男に淡い恋心を抱き、二人は心密かに気持ちを通わせる。やがて日本は戦争に突入すると、教授は、軍国主義に迎合した論調に変わる。ほどなくして徹男は出征し戦死する。そして敗戦。戦後、美紗は教授が再び左翼になったことを知る。高級娼婦となった美紗は、あることから教授の殺害を決意。そして教授の後をつけ日常を観察し、俗的な一面を垣間見る。知的であり恥的でもある本性と本能、それが人間であると…。

    「転向」という言葉はもう死語であろうか。戦中戦後で思想や信念を180度変えても恥じない厚顔、そうした人に対する憎悪という<怒り>を露わにする。物語は1940~50年代であるが、現代にも通じそうな内容である。一時のコロナ対策でブレる施策、臆面もなく前言撤回するという、人間の本性は時代<状況>に関わらず醜悪なのかも…。それでも緑川美紗は強かに生きていく。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2024/03/10 13:29

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