実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2024/02/27 (火) 14:00
座席1階
自分の周囲の人がワニになってしまう。どうしたら、ワニにならずにすむか。あるいはワニになった人を人間に戻せるのか。単純な肉体労働に就く派遣労働者たちの微妙な人間関係をベースに、人間として生きるということはどんなことなのかを客席に問う。今日は千秋楽。俳優たちの熱演が最高潮に盛り上がる場面を目撃する。文句なしに面白い舞台だ。
2018年に仙台でのフェスティバルで上演した短編をベースに作り直したという。
面白いのは、登場人物たちの人間関係。宅急便を安アパートにいつも配達してくれる女性に「世間話をする友だちになってほしい」と叫ぶほど、日々の人間関係が薄い主人公。ペヤングのソース焼きそばを本当に食べながらの演技は、とてもリアルだ。単純労働の作業や舞台転換をビールケースの移動、積み上げを通して描いていくのは演出の勝利と行っていい。
演出といえば、OFF-OFFシアターの上手にある柱をうまく利用して回転ドアのように登場人物の出入りさせているのは特筆すべき工夫。また、渡良瀬川に充満していくワニたちのうごめきを音響と照明で見せたのもおもしろかった。
何よりも、「ワニになる」という不条理を目の前にした人間関係の変化が秀逸だ。ワニになってしまった上司に「もう上司じゃないんで」とため口をきいたり、ワニになるのは寂しい人間だといううわさを信じて「友だちになって」と同僚に頼み込んだり。その同僚の対応も変化に富んでいて、あきることはない。ワニになりたくないのは当たり前のことだと思っていたら、実際にワニになった同僚が「これ、楽なんだなあ」とまったりする場面も。そうしたことから、人間として生きるということは人間関係の構築が大変で面倒だという示唆が浮かび上がるが、実はそれこそが人間として生きる意味なのではないかと思わせたり。100分のシュールな舞台はメリハリが利いていて、あっという間に過ぎてしまう。
余談だが、タイトルにある「くちづけ」はこの物語のキーワードだが、実際に役者の口から発せられた言葉はキスでなく「接吻」だったのには笑ってしまった。
開演前に作・演出の山本タカが激しい音や光が出るシーンに注意を促すため実際にやってみるという前説がいい。大音響や激しい光の点滅はいきなり出てきてびくっとさせられることが多いが、この人は客席に優しい配慮ができる人だ。また、来場者にもれなくその日限りの珈琲チケットが配られた。シモキタで舞台を振り返るいい機会になったと思われる。