水×ブリキの町で彼女は海を見つけられたか【ご来場ありがとうございました!!】 公演情報 アマヤドリ「水×ブリキの町で彼女は海を見つけられたか【ご来場ありがとうございました!!】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    『水』水が溢れ出すように
    台詞の構成、タイミング、間、とにかく、それがスリリング。
    そのスリリングな台詞の中で語られるのは、不器用な人間関係。
    男女であったり、親子であったり。

    独特の場面展開、テンポも素敵だ。

    ネタバレBOX

    子ども頃、溺れた記憶があるシトラ。

    シトラと母の間には、いつも水がある。
    シトラは、水底に沈みながら、水面の上にある母の姿を見ている。母は、沈んでいく我が子シトラを何もせず(できずに)眺めている。
    そういう親子の関係が、今も続いている。

    また、犯罪を公務員として行っているクスノキと、お笑いライブで知り合ったアヤメという2人がいる。
    彼らの関係は、チタンカーメンズというお笑いユニットのファンであるということから始まった。
    しかし、それへの想いには、微妙な差が生じてくる。
    互いに互いが好きであることは間違いないのだが、その「差」が「亀裂」を生む。

    シトラは、ヒソップという男性と、クスノキたちを通じて知り合い、結婚をする。しかし、シトラは、水を飲むと湖になってしまう奇病にかかってしまう。
    水が飲めない奇病のシトラが、湖になってしまう。湖になってしまうと、その湖に溺れて命を失ってしまうというのだ。水をめぐるシトラの設定は哀しい。
    そして、シトラが奇病にかかってしまうことから、夫であるヒソップに辛くあたるところ(あたるしかできないところ)が、観ている者の気持ちをヒリヒリさせる。ヒソップも変わってくるのだ。

    どこにでもあるような、人間関係に、ちょっだけヒビが入る。
    そして、そこから水が溢れ出すように、気持ちが溢れ出してくる。

    そして、運命は、きまぐれ。きまぐれからくる無慈悲。
    運命は、奇病であり、ネコでもある。

    全編あふれる、不器用な人間たちを演じている役者がうまい。

    ひょっとこ乱舞独特の、手を振るようにして、まるでそれで拍子をとるように、とつとつと、自分の気持ちを話す様が、もどかしくもあり、そのリズム感に一種の気持ち良ささえも感じる。

    特に、ヒソップの話し方がクスノキに似ていると指摘されたあたりから、クスノキが不器用に手を動かしながら、話す様子に、ヒソップがヒートアップして似てくるあたりは凄い。

    アヤメを演じた中村早苗さんの自意識過剰さを、台詞と演技でぽぽーんと表現したうまさ、ヒソップを演じた西川康太郎さんの様子が変わっていくという演技、さらに、クスノキを演じた永島敬三さんの追い詰められた雰囲気、シトラを演じた根岸絵美さんの病気にかかったことによる気持ちの露呈などの演技が印象に残った。もちろん、ほかの俳優も素晴らしかった。

    シトラ夫婦が飼う、ヒバリとホトトギスが卵を産むが、それは無精卵だから孵らないと言う。それは、この物語の人間関係を暗示しているのだろうか。
    そして、卵は孵ることはないのだろうか。

    物語が進行していくごとに、げろふき屋とか、お笑いコンビの大臣とか、犯罪を犯すことが仕事の公務員とか、湖になる奇病などという、徐々に虚構の要素が色濃くなっていきながら、さらに、マイクから人が出てきて、球に人を閉じ込めるという展開へと進んでいく。
    この、がらりと世界を変えていったり、最初から虚構の中に観客を放り込むということをしないあたりの、塩梅と言うのか、そういう構成が素晴らしいと思う。

    そして、ラストのヒソップとシトラが、もう一度出会う場面は、美しくて感動的である。動かなくなるヒバリ、崩れゆく住まいの姿とともに。

    冒頭に語られる「ハッピーエンド」を作るのには、こうした「メルヘン」という装置が必要だったのだろう。現実では、それはなし得ないということなのかもしれない。

    今回は、少し前の作品の再演ということだが、『プラスチックレモン』から観ている私としては、最近の緻密で、あるいは緻密すぎるぐらいの構築感は感じなかったものの、やっぱり、ひょっと乱舞だ、という印象とともに、やっぱりひょっとこ乱舞は面白いと感じざるを得なかった。

    そして、もう1本の新作も楽しみだ。

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    2010/06/27 05:17

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