実演鑑賞
満足度★★★★★
昨年夏には、第二次大戦下の日本の戦争を舞台にした6作を集中再演して好評だったチョコレートケーキの作者・古川健の新作。昭和12年に国策通信社として戦時下で戦勝協力した同盟通信社で働いた人々の群像劇である。
私より一歳若い同盟通信はわずか十年でその役目を終えて舞台から退場するが、戦時の外国との情報関係を、担わされた悲喜劇的存在でもあった。
戦後80年にもなれば、この当時のいきさつはよく知られていて、この舞台で新たに知った情報は今となってはない。しかし、現在、世の中がきな臭くなり、それに引き換え国の舵を取るべき政治家も官僚もなすすべはなく、国民は無関心を装って個人のスキャンダルにうつつを抜かさざるを得ないという、往事(国際関係はまるで音痴、国内では阿部定、似たようなことが世間の話題である)と同じことを繰り返しているのを見ると、この芝居を今見る値打ちはある。役者が、人間として事件に対面する再現の迫力は強い。
舞台は2時間10分だが、同盟通信社に禄を食むべくそこで登場する社員たちの創立から解散までの足跡が実に要領よく、要点を外さず、情に溺れることなく、描かれている。俳優たちの役割はほとんど史実再現の台詞役ではあるが、見ていると、東洋の島国が人材も乏しく、追い詰められていく身を切られるような現実が惻々と迫ってくる。同時代を数百万人の犠牲者にならずに生き延びた者にとってはつらい芝居である。批評は止めて、観客席を見ると、ほぼ130人ほどの劇場は7割は70才以上の主に男性客。しかし、それに混じって二、三十人の二十才代の若い観客もいる。考えれば作者も明らかに戦後生まれである。もう同時代感覚で一夜芝居を書き切れる劇作家はいなくなった。
それが、演劇と歴史の運命ではあるが、それでも、この国の変わらぬ事実は、俳優の肉体を借りて実感として知っておいた方が良い。
2023/10/23 09:27