守り火(まもりび) 公演情報 FINE BERRY(ファインベリー)「守り火(まもりび)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    あまりにも切ない
    自分の場合、この作品を観ると決めたきっかけは松本紀保が出演するからで、こういう小劇場でどんな役を演じるのかとても興味があったからです。
    観終わっての感想はひとことで言えば本当に素晴らしい作品でした。あまりにも切なすぎます。人物描写が丁寧で、きれいごとでなく説得力がある。
    私はこの作品を観て、改めて2月のモダンスイマーズの公演「凡骨タウン」の冒頭の独白を思い出した。「自分ならこんなことはしないだろう」と言うのは簡単だが、実際、その人間とまったく同じ人間に生まれていたなら、
    同じ行動しかとれないのだ、という意味のあの台詞。「凡骨タウン」もかなり悲惨な話だけれど、これもかなり辛い物語です。しかいこういう社会の吹き溜まりに生きる弱者にスポットを当てて、書いていくって凄いなあと自分などは単純に感動してしまいました。
    彼らのしていることは犯罪だし、決して褒められた生き方ではないのだけれど、強く心を揺り動かされた。
    中島新さんの今回のお芝居は山本周五郎の世界に通じるものがある。

    ネタバレBOX

    ストーリーは既に詳しく書いているかたがいるので省きます。
    最低限の生存権がかろうじて残されているようなゴミ収集業を営む桐島家の極貧生活。娘に「お父さんと一緒になっていなかったらもっといい人生が送れてたと思ったことないの?」と訊かれて「もっと大変なことになっていたかもしれないじゃない」と返す母親。
    両親を早く亡くし、親類の家を転々とたらい回しにされ冷たい世間の風に当たり続けた母親の志津子(松本紀保)には「あたたかく幸せな家庭を持ちたい」という強い願いがあったのだと思う。裕福かどうかとか、血のつながりは問題ではなかったのだろう。
    風俗店も多いこの町には捨て子が多く、災厄をはらう目的で焼かれる藁人形の代わりに本当の子供を燃やしていたという噂話も伝わっている。4度の流産で4人の子を次々になくした志津子は手作りの4つの人形を抱いて神経を病んでいた時期があった。土砂崩れで息子のタカシを亡くした早苗(橋口まどか)もまた、その死を受け入れることができず、息子にやりたいからと言って、おもちゃや洋服などのゴミをもらいにくるが、桐島家の娘たちは冷淡だ。志津子だけが早苗の話し相手になっているのは、自分にも同じように辛い体験があるからだろう。
    志津子・啓次郎(辻親八)夫婦は捨て子を拾って自分の子として育てていたのだ。負傷した早苗のうわごとで真相を知った娘たちはショックを受けるが、長女の尚(李峰仙)だけはその事実を知っていた。尚は志津子同様、ゴミ収集の職業病のせいか流産が続き、婚家でも肩身が狭い。
    志津子も肺ガンが悪化して死んでしまい、やくざとつながり、不法投棄を急ぐゴミのまとめ屋・寛崎(尾形雅宏)に追い詰められた啓次郎は、警察に証拠資料を渡して自首する決意をする。不法投棄で一時的に息をついていたホームレス夫婦の豊子(岡村多加江)の「もう少しこの仕事続けられないかな。せっかく家も借りられることになってたのに」と啓次郎に哀願する場面が哀しい。豊子もまたかすかな幸せをみつけてすがる女だ。
    家に火をつけて逃げる寸前、娘たちが幸せを祈る姿に胸が締め付けられた。守り火どころか、家を焼くはめになるとは。
    辻親八は、甲斐性がなく気も弱いが、心根の優しい父親を好演。早苗を殺すことで平然と寛崎に同意した後、娘たちの前で「そんなことできるわけないだろう」と真意を明かすところが良かった。
    尾形が本当に恐ろしく凄みに圧倒された。陰惨な劇中でホームレスの先輩格達男の佐久間淳也が演じる笑いの場面が救いとなっていた。
    雨が多いというこんな陰鬱な町に暮らしていた志津子が沖縄のように陽光に恵まれたところの出身というのも皮肉な話だが、松本紀保は逆境に負けない志津子の明るさをよく出していた。高い声質と明るい芸風に曽祖父初代中村吉右衛門の血を感じさせる。現高麗屋で播磨屋の血を受け継いだのは現幸四郎の長女の紀保だったのか。彼女の曽祖父の初代中村吉右衛門は菊吉時代の名優と賞され、古典一本槍のように思われているが、実はごく若いころに、いまで言う小劇場演劇のような現代ものの軽いコメディで、セールスマン役を演じたこともあるのだ。
    妹の松たか子の人気がブレイクしたころ、新派の波野久里子が「親戚だし、たか子ちゃんのような人が新派を継いでくれたら一番いいんだけどな。若いお客さんも増えるし」と語っていたが、新派の水に合うのはむしろ紀保のほうではないかと今回の芝居を観て思った。経験を積めば、きっといい新派女優になると思うのだが。

    2

    2010/06/03 22:05

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  • tetorapackさま

    大幅に遅いレビューにコメントをいただき恐縮です。tetorapackさまやみささまがいつもながらすばらしいレビューを早期にお書きになっているので、私はあまり書くことがなくて、ちょっと困ってしまいました(笑)。
    夫が、「終演後、紀保さんが小劇場の俳優さんのように出てきて談笑してるのが印象的だった。小劇場系の芝居に大劇場に出演してるような俳優さんが客演する場合、ロビーに出てこないことが普通ですものね。彼女は演劇プロデューサーの仕事も勉強してるから高麗屋ファミリーの中では異色の人なのかも」と話していました。
    新派は低迷や危機が言われて久しいです。そのつど歌舞伎の花形役者を客演に招いて観客動員をはかってきましたが、最近はそれも少ない。歌舞伎が隆盛で公演が詰まっているという理由もあるでしょう。本来なら人気の海老蔵や菊之助が出ても当然なんですけどね。
    新派のスターは、故・市川翠扇、波野久里子、当代の水谷八重子と、みなさん、梨園の令嬢ですから、ここは紀保さんに入ってもらうのも一案なんですよね。
    これは「麦の穂・・・」のところにも書くつもりですが、文学座の戌井市郎さんも新派の重鎮喜多村緑郎のご子息で新派の演出も手がけておられ、紀保さんも平田オリザ作品に似合いそうな女優なので、新派に平田オリザさんが新作を書き下ろしてくれないかな、と。それに紀保さんが出たら、いいな、と。私が松竹の制作にいたら、動きますけどねぇ(笑)。かつて先代の幸四郎は文学座の公演「花の御所始末」に主演してますしね。

    2010/06/04 09:01

    きゃるさん

    待ってました。しっかりレビュー読ませて頂きました。

    >自分の場合、この作品を観ると決めたきっかけは松本紀保が出演するからで、こういう小劇場でどんな役を演じるのかとても興味があったからです。観終わっての感想はひとことで言えば本当に素晴らしい作品でした。あまりにも切なすぎます。人物描写が丁寧で、きれいごとでなく説得力がある。

     私も、この作品をかなり早くから観たいと思った動機の一つに松本紀保さんが出演するので、どんな演技を見せてくれるか、ということがありました。同時に、現在のストレス社会が抱える様々な病巣があるからこそ、家族が思いをぶつけ合い、力を合わせる大切さも増しているのではないだろうかという点と、一見、不幸と思える出来事の中にも幸せな一面はあるというようなテーマで家族とは、幸せとはを表現してくれそうな家族劇という点に、これは必ず観ておきたいと思った次第です。
     でもって、「あまりにも切ない」中にも、太陽のような志津子を熱演した松本紀保さんの素晴らしさもあって、家族愛の姿に感動させられました。

    >彼らのしていることは犯罪だし、決して褒められた生き方ではないのだけれど、強く心を揺り動かされた。

     そうなんです。まさに紀保さんの父・幸四郎さんも述べていたように「心が揺り動かされる」という感覚でしたよね。

    >中島新さんの今回のお芝居は山本周五郎の世界に通じるものがある。

     うん、そんな感覚もしますね、たしかに。

    >ストーリーは既に詳しく書いているかたがいるので省きます。

     と言っておきながらの、ポイントを押さえたその後の丁寧な解説、私も「そう、そう」と何度も首を縦に振りながら、楽しく拝見しました。

     さらには、きゃるさんならではの紀保さんのDNA的な詳細な解説、恐れ入りました。

    2010/06/04 00:17

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