あたらしい朝 公演情報 うさぎストライプ「あたらしい朝」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2023/05/10 (水)

    生者と死者がともにいる世界

     新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2020年に上演されたアトリエ公演のリメイクである。多くの人が亡くなり常に死の恐怖と隣り合わせだった感染症禍があってこそ生まれた作品といえるだろう。

    ネタバレBOX

     ピンクの自家用車で山道をドライブ中の高木龍之介(木村巴秋)とユリ(清水緑)夫妻は、ヒッチハイクをしている山本ユカリ(北川莉那)を拾い羽田空港へと向かう。ユカリは7年付き合った彼氏に振られ、傷心旅行への道すがらであった。当初はよそよそしかったユカリが同郷の同い年と知ると、ユリはすっかり心を許し、龍之介の反対を押し切って一路東南アジアへと向かうことになった。

     飛行機でユリは龍之介との新婚旅行のときのことを思い出す。客室乗務員(小瀧万梨子)に英語が通じなかったことや、ユリの母の反対を押し切って結婚したことが心残りであったこと、現地でもピンク色のレンタカーに乗って恋愛バラエティ番組「あいのり」よろしく見ず知らずの男女を拾ったこと……到着してメコン川クルーズや寺院参拝などを満喫した3人は、つぎはトルコのイスタンブール、そしてイタリアのヴェネツィアなど世界各地への旅を続けていく。道中ではユカリが相乗りしてきたかなやん(金澤昭)に失恋したり、龍之介が高校時代の知り合いのミキ(菊池佳南)と大沢(亀山浩史)夫妻に出会ったりなどさまざまなことが起こる。この旅のなかで龍之介の存在は徐々に薄まっていき、やがて彼は本来「いないもの」とされてきたことが分かる。

     私が面白いと感じたのは、時間や空間が自在に行き来し、彼岸と此岸の境界が取り払われた作品世界のなか、さまざまな位相にいて本来は邂逅しないはずの登場人物たちが舞台上に出現していた点である。いわば本作の主役はこの荒唐無稽な世界そのものであり、登場人物や描かれたエピソードを鵜呑みにするのではなく、この世界の表象や構成しているパーツと捉えて観てみればわかりやすい。しかもこの荒唐無稽さが極めて自然に、ときにおかしみを交えて描かれていた点が独特である。本来は亡くなっている龍之介とユリが一緒にドライブや旅行に行くことはあり得ないが、二人とも龍之介の死を当然のことと受けとめ、感傷を交え得ることなくイチャつきあっている。ユリはユカリにも龍之介を紹介し、彼が亡くなっていることを示唆するがユカリも動揺していない。無論龍之介が幽霊であるなどという言及もない。この世界のなかでは死は生と地続きなのである。観ていて私は、東日本大震災の直後に被災地のタクシー運転手がしばしば幽霊の客を乗せたという証言を思い出した。そう考えれば、実は生きているのは龍之介ただ一人だという解釈も可能なのかもしれない。

     コロナ禍に伴い大幅な外出制限を経験した我々観客が、感染症と隣り合わせだった人類の歴史に切実な思いを抱く描写があったことも忘れ難い。一部の登場人物がペストマスクを被っていたりひどく咳き込む描写が挟まれていたりしたことに加え、ヴェネツィアの場面でペスト患者の集団墓地の話題や、コレラが蔓延していた時期を描いた映画『ベニスに死す』で使用されたマーラーの「アダージェット」が鼻歌で流れたように聞こえたことなどからも、作者の意図は伺えた。初演では本作の旅行の描写に掻き立てられた観客が多かったであろうことは容易に想像できる。

     数台のパイプ椅子を移動させるだけで車中をレストランに、そして船中に変えるなどテンポの良い展開もうまい。龍之介とユリ、ユカリが海鮮丼を食べている横で、葬式から帰ってきたミキと大沢がいて龍之介の死を示唆したり、数役を兼ねる俳優が旅行の場面で演じる役を自然に入れ替えたりすることで、過去と現在の時間軸をするりと移動させて舞台に厚みを持たせることにも成功していた。奔放に行き交う空間と時間、そして登場人物の移り変わりは目まぐるしく、その後の展開を示唆する歌謡曲や落語を入れ込むなど手数の多い演出は感心したが、果たして自分はいまなにを観ているのかと混乱を覚えたことも事実である。とはいえ本作の感触は他ではなかなか得難いものであったことは疑いえない。

     龍之介の葬儀を終えたユリは、今は亡き母を連れてドライブにいく。道中でヒッチハイクをしている龍之介を拾うと、3人でどこかへと旅立っていく。暗転するなか舞台前方に置かれた花がぼんやりと輝きを放ち、それがこの数年間の死者への鎮魂であるかのように見えたのは私だけではないと思う。

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    2023/05/12 19:51

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