半魚人たちの戯れ 公演情報 ダダ・センプチータ「半魚人たちの戯れ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鑑賞日2023/04/13 (木)

    倫理的な問いかけを放つ近未来の群像劇

     青年期を終え壮年期に移行する人生のひととき、10人の男女がそれぞれの人生に落とし前をつけようともがく人間模様のなかから、近未来の国家統治や科学技術の有り様が浮かび上がる異色の群像劇である。

    ネタバレBOX

     バンド「シャムフィッシュ」ボーカルでソングライティングを担う瑠璃(サトモリサトル)は、ベースのかえで(山岡よしき)とともに新しいドラム担当の候補である近藤(大村早紀)とセッションしたものの浮かない顔をしている。前ドラマーであり瑠璃の彼女だったちさ(横室彩紀)を自殺で失ってからというもの、彼はスランプ状態にあった。音楽活動に反対している母とは距離ができてしまい、姉の裕子(梁瀬えみ)に世話を任せきりにしている。物語は瑠璃の家族や音楽活動、バイト先の人間関係などの小景を積み重ねながら展開していく。

     瑠璃の学生時代の音楽仲間のアヤネ(増山紗弓)は、同じく瑠璃の音楽仲間であった平井(小林和葉)が働くレコード会社に所属してヒットを放ち、瑠璃に羨ましがられている。しかし自作と称した作品の多くはすべてゴーストライターが書いたものであるため、彼女は常にやりきれない思いを抱えていた。アヤネは平井にレコード会社を辞めたいと申し出るが、平井は「そうするとお前を潰す。うちの会社はそれができるだけの力がある」と笑わない目で静かに恫喝する。

     瑠璃のバイト先では舞(安齋彩音)が社員の色森(宇都有里紗)の後押しを受け、同棲中の柳楽(志賀耕太郎)にプロポーズする。しかし小説家志望の柳楽は待ってほしいと願い出る。舞は柳楽の小説がディストピアを描き現実に起こってしまっていることを怖がっているため、自分に隠れて小説を書いていた柳楽を咎めるのだが、柳楽は飄々として意に介さない。

     ある日瑠璃の前だけに成仏できないちさの幽霊が現れてからというもの、彼の周囲では不可思議な現象が起こりはじめる。ちさが遺した詞「半魚人たちの戯れ」に曲をつけバンドで演奏した動画はバズり、平井から誘いの声がかかった。ちさは柳楽について瑠璃に「彼は本物だよ」と微笑む。バイト先で旅行の計画をしていた際「海はやめたほうがいい」と瑠璃に忠告したちさの予言どおり、山を選んだ瑠璃と舞、色森の3名と、海を選び旅行に参加しなかった舞の彼氏の柳楽とでは運命が分かれてしまう。

     上述を大枠として、物語はシンプルな漆黒の舞台美術を背景に登場人物たちが対話を重ねつつ、時折なにかに取り憑かれたようにして皆で「ボトンベルトのおかげ」「ムーンショット目標」などと謎めいた文言を群読する場面を挟み進行していく。この場面になると出番のない俳優たちも現れる。それがまるでギリシャ悲劇のコロスのようにも、能の地謡のようにも見えてくる。こうした近未来の不穏な空気感を説明的なセリフを使わずに舞台上にあげようとした作・演出の吉田有希の企みが面白い。

     しかしながら、登場人物たちの芝居が細切れになって進行していくことや、一度にあまりにたくさんの情報が入ってくるため、物語の世界観に馴染むのに時間がかかり芝居を堪能するまでには至らなかった。私が観たのが初日ゆえか俳優たちの芝居がかたく、バイト先でのわんこそばの話題をめぐる瑠璃と舞のノリツッコミや、皆で色森の子供の名前を考えるうちどんどん荒唐無稽なものになってしまうくだりなど、本来であれば会場を湧かせる場面が上滑りしていて残念だった。

     後半になると平井が働くレコード会社が国家権力に近いことや、大やけどを負った柳楽の治療に使われたロボット技術、流産した色森が子宮に残った赤ん坊の細胞を再生させる「受肉サービス」、亡くなった瑠璃と裕子の母親の意識を残す「メタバース」などといった科学技術の設定を通し、全体主義的で軍事的な統治体制にあり、高度に科学技術が発展した日本の姿がむっくりと頭をもたげる。観劇後に「ムーンショット目標」が、実際に内閣府が標榜している科学技術を用いた大胆な課題解決の指針であると知り驚きを覚えた。倫理的な問いかけを通しカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』のような問題提起を狙ったのかもしれないが、こうした設定が音楽仲間の嫉妬と羨望、婚期をめぐる男女の葛藤、成仏できない幽霊などというような話題と有機的に噛み合っているとは思えなかった。試みとしては興味深いので、登場人物や設定を絞ったうえで劇化したほうがよかったように思う。

    0

    2023/04/17 17:46

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大