実演鑑賞
最近では、暗号解読がらみの作品は、パラドックス定数の
『Nf3Nf6』以来。今回の作品は、昨年、リバイバル上演された
『M.バタフライ』とモチーフ的に相通じるものがある。また、
舞台作品ではないが、サイエンスがらみでは、タイトルが似ている
『コード・ブレーカー 生命科学革命と人類の未来』は、
ウォルター・アイザックソンによる、ゲノム編集技術クリスパー・キャス9の
開発に携わった科学者ジェニファー・ダウドナが主人公のノンフィクション。
辞書を引くと、"code"にはいろいろな意味があり、単に『暗号解読』
とはできないため、原題"BREAKING THE CODE"をそのまま邦題
『ブレイキング・ザ・コード』にしているのかもしれない。
アラン・チューリングはコード・ブレーカーとして描かれるわけだが、
"THE CODE"にメタファーとしてのコード破りの意味合いが
どれくらいの数込められているのかなども含め、観劇中でも観劇後でも
劇中に隠されたコード探しにトライしてみるのも一興。例えば、
"code"を"genetic code"ととれば、劇中に出てくるモミの実のかさの
螺旋の並びの数のパターンがフィボナッチ数になっている話も含め
生物の形態形成の話題や最後の場面にリンクするといった具合になる。
また、天井からつり下げられ規則的に並んだ直管蛍光灯(LED灯)は、
作動音も伴って適宜オン・オフすることで、第1世代(真空管式)
コンピューターの作動を連想させるだけでなく、電気信号が
脳内神経回路に流れることで生み出されるイメージが
寄木細工模様似のパネル等のセットを含む舞台上に次々と
投影されそれを観る者が目の当たりにしているという幻覚をも
抱かせる心憎い仕掛けとみることもできる(もちろん、
脳=コンピューターというたとえが必ずしもあっている
というわけではないが)。
ポーランドでマリアン・レイェフスキらが解読機ボンバを駆使して
軍の暗号解読機関ではじめてエニグマ暗号機の解読に成功したものの、
そのアップグレードに伴い予算と人手が不足をきたしてきたため、
連合国と協同で事に当たることになり、それまでに蓄積したエニグマの
解読技術などのデータがイギリスのGCCSに提供され、これをもとに
アラン・チューリングらのグループは、エニグマ・コードの解析を
行った経緯がある。
また、この作品で触れられていたか記憶が曖昧だが、
GCCSでは、他に、ローレンツ暗号を解読するための
電子式解読機『コロッサス』の開発なども行われていた
(エニグマ暗号では、機械式解読機『ボンベ』)。
情報機関絡み(これ見よがしに紙の空袋を二度も靴で踏みつぶす
ジョン・スミスはMI5か)なのもスパイ小説の本家のイギリスの
知識人階級好みな気がする。ただ、ドイツ軍が誇るエニグマ・コードを
いかにして解読したのか、スリリングで面白くなるはずの肝心な部分が
ほとんど拍子抜けの扱いで、これを知りたくて観に来た方は肩透かしを
食らう(これも、観客の予想期待を裏切るという意味では、コード破りの1つか)。
もっと知りたければ、例えば、ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
などを観てくれということなのかもしれない。
ところで、聴き違いなら大変申し訳ないが、確か、第一幕の
チューリングとノックスとの会話の場面での、チューリングのことば
「…物理学者が原子の分裂を発見したのと同じです。…」
での「原子」は「原子核」では?
ちなみに、いささか心もとないが、わたくしの記憶が確かならば、
『ブレイキング・ザ・コード』はセゾン劇場との提携で
劇団四季創立35周年記念公演の一環として地方公演も含め行われ、
再演もあったか。今回は新訳だが、翻訳は吉田美枝さん、
演出は浅利慶太さん、アラン・チューリング役は日下武史 さん、
パット(パトリシア)・グリーン役は五十嵐まゆみ(岡まゆみ)さん
だったような。翻訳、演出、主演は、上記の『M.バタフライ』
と同じ方々。