『F』 公演情報 青年団リンク 二騎の会「 『F』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    結局ヒトはわかり合えない、けど、ヒト同士だから救われることもある
    アンドロイドの台詞のトーンが変わってからの、舞台での空気の変化が素晴らしいと思った。
    予定されている結末へ一直線なのだが、それでも見入ってしまう魅力がそこにあった。

    ネタバレBOX

    フライヤーなどの説明を読んで「ああ、アンドロイドねぇ」と思いつつも観劇。
    つまり、アンドロイドという生命のないモノから、「無生物・生物」という境界を経て、命みたいなものを感じるような作品なんだろうと考えていた。
    確かに、そんな糸口を見せながら、浮かんでくるのは、人の「孤独さ」。
    そして「不自由さ」。

    一生懸命努力しても他人のことはわからない。
    それは人の心がわからないアンドロイドだけのことではない。
    察しの悪い人、鈍い人だけのことでもない。
    誰も他人のことなんかわかるはずがない。

    人間同士がわかり合っているように見えるのは、「曖昧さ」があるからで、その曖昧さ、ゆるさの隙間に相手の感情を入れることで、「わかったような気がする」だけなのではないだろうか。
    お互いがその「曖昧さ」の中にお互いを入れ合うことで、「わかり合った感じ」が産まれてくるのだろう。

    アンドロイドには、もちろんそういう曖昧さがない。
    だから、わかり合うことができない。
    お互いにもどかしい関係となる。

    タイトルの「F」には「Free」を一番に感じた。

    お金や階級みたいなものに縛られていた女が、お金で自由を買ったようでも、やっぱりお金に縛られて、そのために時間に縛られ、さらに部屋に縛られる(外出できたのは春だけだったようだし)。アンドロイドも契約に縛られ、ご主人様に縛られる。

    自由がまったくない。

    お金で買った自由で、パートナーとして選んだのは、お金で買える相手。
    唯一自由であるはずの、心の自由までも失ってしまった。

    女は最後に「自由」について考えが及んだのだが、時すでに遅く、自分はどうにもならない状態にあった。だからこそ、アンドロイドに「逃げろ」と言う。
    時間は戻らず、自由は誰の手にも入らない。

    アンドロイドは、なまじヒトガタをしているだけに、また反応が言葉で返ってくるだけに、始末が悪い。
    人との交流を期待してしまうからだ。これだったら、テレビとか電子レンジとかに向かって話していたほうがマシだ。

    女が欲しかったのは、「パートナー」であり、「どこまでも従順な召使い」ではない。
    「そんなことやめろ」と強く言ったり、女がわがままを言ったら、怒ってくれたり、反論してくれるパートナーだったはずだ。

    たぶん今までの生活でもそういう相手がいなかったから、女はそういう相手が必要だったことに気がつかなかったのだろう。もっとも、そういう相手がいたら、こういう危険な治験には応募しなかっただろう。
    女もそのことに薄々気がついてくる。

    だって、数カ月もともにいるのに、女はアンドロイドをパートナーとして認めていないのだ。ペットにだって名前を付けるのに、アンドロイドは「オレ」としか呼ばれない。一緒にやっていくつもりだったら、名前ぐらい付けるだろうと思う。
    たぶん、自分の時間と引き換えにアンドロイドを手入れた選択が失敗だったことは、アンドロイドと最初に話したときに気づいてしまったのではないだろうか。

    相当哀しい物語だ。
    アンドロイドが男性の形をしているということも含めて。
    (男性型を選択したのは女なのだから)

    「人はわかり合えない」「人は孤独だ」と書いてきたが、それでもやはり、ヒト同士ならば「わかり合えた」ような「幻想」を抱くことができるだけマシだ、ということか。
    何でも自分のことをきいてくれる人よりも、ぶつかり合いながらも語り合ったりできる相手こそが人には必要なのだろう。
    そういう関係は、本当の意味での「救い」であろう。



    物干に衣装が掛かっていくことでの時間の積み重ね方、そして、舞台をとてもうまく広がりと緊密さをもって活用した演出の巧みさは素晴らしいと思った。

    また、出演の2人もとてもよかった。
    女の声のトーンの響きが、響けば響くほど空しくて哀しいのも良かった。

    そして「小さい秋」は、とても美しい歌だった。

    4

    2010/02/07 06:14

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  • みささん

    >たとえば、水槽に送り込まれるエアレーションの音が間断なく響いたとき、そのポコポコという音を、胸をくすぐるような陽気な音色だと感じるのがあきらさんなのではないでしょうか?

    ごめんなさい、それわかりません(笑)。
    もしそんな音を聞いたら、心地よくは感じるような気もしますけど。

    >もし完璧に人間の言葉を理解するライオンがいたとしても、人間との間で会話は成立しないだろうという仮説です。

    そうでしょうね。「話」はできるけど、「会話は成立しない」ということでしょうね。

    >いえ、そういった感覚ではないのです。この感覚は表面にあるものではなく、もっと奥にある見えない部分なのですよ。

    そうなんですか。うーむ。

    2010/02/11 05:58

    >え、そうですか?
    「アンドロイドのほうがいいじゃん!」って思う人がいることに、ちょっと驚いています。

    ええ、あきらさんの感性なら、そんな回答が返ってくると思ってました。
    たとえば、水槽に送り込まれるエアレーションの音が間断なく響いたとき、そのポコポコという音を、胸をくすぐるような陽気な音色だと感じるのがあきらさんなのではないでしょうか?
    一方で同じその音がなんだか空しくさみしいと感じる人もいるはずです。

    人間の言葉を話せるライオンの話って聞いたことあります?
    イギリスの哲学者の学説らしいですが、もし完璧に人間の言葉を理解するライオンがいたとしても、人間との間で会話は成立しないだろうという仮説です。つまり、人間とライオンでは生きてきた環境が違いすぎるし、価値観も経験も違いすぎる。だからライオンが言葉を理解したとしても会話は成立しない。ライオンの赤と人間の赤ではたとえ言葉が同じだったとしても意味するものがまったく違うのだろうから・・。言葉は全てその積み重ねなんだというのよ。

    だから、同じ動物さえも・・・、シマウマが「たまには草も食べてごらんよ。」とライオンに言ったとしても、空しいだけでしょ。
    で、ワタクシ、思うのよ。感受性も持って生まれたものではなくて全てその積み重ねなんだと。

    >まあ、実社会で人付き合いが多くて、ちょっとうんざりしている人もいるでしょうから、納得と言えば納得ではあるのですが。

    いえ、そういった感覚ではないのです。この感覚は表面にあるものではなく、もっと奥にある見えない部分なのですよ。

    2010/02/08 18:44

    みささん

    また過分なお褒め言葉ありがとうございます。

    >人間を相手にするよりはアンドロイドを相手にした方が楽だな・・とは感じました。だって素直でしょ。笑

    え、そうですか?

    >でもって主人の利益になる事だけを考えてくれるって、こんな嬉しい事はないです。(やっぱ病んでる!ワタクシ)

    それはそうな気もしますが、それでも一方的ではない「会話」が成立するほうがうれしいです。相手が自分の思ったとおりの反応をしなくてもです。
    私はこの舞台を観て、「人はわかり合えない」「人は孤独だ」ということに思考が行ったことに、自分が「病んでいるかも」と思ったりしましたが、「アンドロイドのほうがいいじゃん!」って思う人がいることに、ちょっと驚いています。
    まあ、実社会で人付き合いが多くて、ちょっとうんざりしている人もいるでしょうから、納得と言えば納得ではあるのですが。
    私と言えば、家族以外と会話らしい会話をしない日もありますので、アンドロイドじゃイヤだなと思っているのかもしれませんけど。

    >部屋の中で季節を感じて、部屋の中でちっさな幸せを感じるんだけれど、

    そうえてすね、結局、「自然」みたいなモノに一番癒されるということでしょうね。そこに幸せを感じるということは。ですから、アンドロイドという人工物を選択した自分の間違いに気がつくのではないでしょうか。
    「小さい秋」は、まさにその気持ちの象徴のような気がします。

    それと「小さい秋」の2番、3番をじっくり聞いたのは、小学生以来かもしれません。そのときには感じなかった、この歌の良さを味わいました。

    2010/02/08 06:29

    こんにちは。相変わらず情のこもった感想、素晴らしいです!

    >その曖昧さ、ゆるさの隙間に相手の感情を入れることで、「わかったような気がする」だけなのではないだろうか。

    ↑この表現など、実に素晴らしいです。ああ、なるほど・・わかった気がする。そうかもしれない、と思いました。相手の全てを理解する事なんて、到底出来ない。しかし、理解しようとする気持ちはあるし、努力は出来る。そうですね?
    それでも、人間を相手にするよりはアンドロイドを相手にした方が楽だな・・とは感じました。だって素直でしょ。笑
    でもって主人の利益になる事だけを考えてくれるって、こんな嬉しい事はないです。(やっぱ病んでる!ワタクシ)
    人との交流をあまり期待してない場合はアンドロイドのほうがいいじゃん!なんて感じてしまう人は、実は多いのじゃないか?って思うのよね~(^^;)

    >たぶん今までの生活でもそういう相手がいなかったから、女はそういう相手が必要だったことに気がつかなかったのだろう。

    なんだか、哀しいね。ほんと哀しくて優しい物語でした。
    物語に大きなうねりはない。部屋の中で季節を感じて、部屋の中でちっさな幸せを感じるんだけれど、だからこそ、限られた命の重みがズン!と伝わってきて、ヒロインの薄幸さにも同情した芝居でした。
    もし、このヒロインが限りある命を知って、豪華客船で世界一周した末に死んだ!って聞いても誰も、この芝居を観た後の感情にはならないもの。

    >たぶん、自分の時間と引き換えにアンドロイドを手入れた選択が失敗だったことは、アンドロイドと最初に話したときに気づいてしまったのではないだろうか。

    深いなぁ・・。ワタクシはそこまで思わなかった。
    あきらさんの感想を読ませて頂くと、色々気づかされることが多いです。
    ワタクシ、文章に惚れる傾向が強いです。ですから凄い文章を書ける人は好きですね。

    >何でも自分のことをきいてくれる人よりも、ぶつかり合いながらも語り合ったりできる相手こそが人には必要なのだろう。そういう関係は、本当の意味での「救い」であろう。

    同感です。しかし、ぶつかり合いながらも語り合ったりできる相手を見つけるのは相当、難関だ。ということも知っています。人間は中々本音を語らない。本音を語ると問題が多すぎるから。

    >そして「小さい秋」は、とても美しい歌だった。

    ええ、今でも、歩いて劇場に行くとき、スープを作ってるとき、お風呂に入ってるとき、この歌を口ずさみます。お風呂に入ってるときが一番美しい声に聞こえる!笑
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    2010/02/07 18:53

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