私の一ヶ月 公演情報 新国立劇場「私の一ヶ月」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    いい芝居だった。私には未知の若い作者だが、英国の劇場との共同のワークショップに参加した、14人の日本の若手劇作家のひとりとのこと。その中でも優れた戯曲を上演したのだろう。新作だが、戯曲がすでに練り上げてあるから無名の作家でも冒険できた。上演に当たって、演出の稲葉賀恵とも意見交換しながら、さらに3度は書き換えたそうだ。二本の軸があったのを母と娘の一本の軸に絞ったのがとくによかった。おそらく佐東と娘がもう一つの軸として、もっと強かったのではないか。ほかに3人の作を英訳して英国で朗読公演するという。国立ならではの取り組みだ。

    舞台では最初、三つの場所が横並びにしつらえてあり、それぞれの場面が同時に演じられる。右から田舎の茶の間、コンビニのレジ、東京の大学図書館の閉架室である。茶の間での老夫婦(久保酎吉、つかもと景子)と娘のいずみ(村岡希美)はどこかぎこちない。左でのベテラン司書佐東(岡田義徳)と、学生バイト明結(あゆ、藤野涼子)は、ずれた掛け合いがクスリと笑える。真ん中のコンビニでは、拓馬(大石将弘)が毎日、昼食を買いに来て、久保やつかもとがレジに立ち、右の茶の間と同じ家とわかる。ただ、茶の間では「拓馬があんなことになって」的な話があり、時間はずれているらしい…。

    三つの場面のつながりが、ついに明らかになった時、それぞれの登場人物の、決して取り戻せない後悔と葛藤が明らかになる。人生のつらさとどうしようもなさ、それでも生きていく人びとの健気さに、派手ではないが小さくもない、ジワリとした感動を覚えた。岸田戯曲賞の有力候補と思う。

    ネタバレBOX

    いずみは娘が大きくなったら読ませようと、日記を書いていた。一カ月だけだけど。その最後に、いなくなった拓馬を探して、サンダルで山に入ったこと、3歳の娘が棺の周りを走り回って「パパおっきして」と何度も言ったことが書いてある。具体的な記述はそれだけだが、少ないだけに印象的だった。

    両親と、いずみのあいだの、お互いに言葉に出さずに来た内心をぶつける場面もよかった。修羅場にもできるところを、本音をぶつけながらも抑制的で、どうしようもない悲しみが伝わる。いずみたちの友人のフジ君が意外な形で現れるのも、この喪失と後悔の静かなドラマに動きと深みを与える。

    介護施設での拓馬の仕事の加重ぶりを明らかにし、過労死認定を得ようと取り組む。いずみは弁護士に相談し、意欲的で決意も堅い。しかし、施設の同僚も退職が続きいて協力が得られず、理事長、所長も交代し、責任がうやむやになっていく。結局10万円のお見舞金しか残らないとは、むなしい現実だ。

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    2022/11/03 18:25

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