実演鑑賞
満足度★★★★
ナンセンス系喜劇に殉じた先人たちへの追悼を込めたケラのお盆興行である。
キャストに今の実力系人気者も加わって主な出演者だけで15名超え。前半一幕は新宿、後半二幕はドサ回った長野の温泉場、休憩20分を入れて3時間50分。終演は10時を20分ほど超えるコロナ禍では珍しい大作だが、ケラには少ない世態・人情噺でア・ラ30歳の女性を中心に広い客層を集めて満席だった。
昭和32年から34年の夏にかけて、新宿の3百人規模の大衆演劇の一座を舞台に繰り広げる劇団の集団劇だ。ちょうどこのころ社会に出たので、この時期のこともよく知っている。ケラはまだ生まれていないはず、と調べてみると、生まれるほぼ、五年前である。この作者、以前から素材はよく調べると感心していたが、今回も、この時代の軽演劇をめぐる空気をよく掴んでいる。当時、ムーラン閉鎖の後は、松竹の第一劇場も閉めて、このような小屋は新宿にはなかったが、図体だけはバカでかい新設のコマが開場してよくこういう大衆喜劇を組んでいた(ガラガラだった)。戦前の浅草の小屋で受けていた喜劇人(シミキンとか森川信とか)が流れてきて、丁度始まったテレビで受け始めた新しいタレントの間で、この手の劇団のドタバタ・ナンセンス系が消えていく終末期の雰囲気を、ケラは見てもいないのに的確に描いている。
もちろん演じるのは現代の役者だし、コクーンの舞台だから、あの時代の自堕落な町は再現しようもないが、それでも話が進むうちに時代の埃っぽい空気は伝わってくる。脇の人物の置き方もうまく、街に居ついたような傷痍軍人のアコーデオン弾きとか、楽屋に入り浸って商売をつぶすラーメン屋とか、貸本屋をやっている未帰還の出征兵士の若妻、とか、街によどんだ層も絶妙だが、テレビ局の部長と担当者とか、金を金庫に入れて持ち歩く女興行主とか、川端康成(本人)とか当時の混乱のなかで浮いていた層の設定もうまい。今まで形だけはよく出てきたような設定だが、ここは当時よりは小奇麗だが、本質は掴んでいて見事にメインのドラマに絡む。当時の最大の社会問題は売春禁止法の実施で赤線、青線の新宿は大きな変化を迫られたのだが、そのことはほんの一言触れられたくらいで、全く素通りしているところも、ケラのうまいところだ。舞台は関係ない!
KAATの「夜の女たち」も見て見たくなった。
肝心の芝居に戻ると、新宿の軽演劇で働いていた兄を頼りに田舎から出てきたポン中の弟が役者として受けるだけでなく本も書けて小さな世界で出世する、と言う兄弟物語がメインの筋立てになっていて、そこへ、周囲の人物を巧みに咬ませながら話は進む。
いつものナイロンのように背負い投げを食わせられることもなく、見終わると、ケラの先人への追悼の念も伝わってきて、夏の夜にふさわしいいい芝居見物になった。
余談。いよいよ東急文化村も建て直すらしいが新劇場の設計では、ぜひ、あまり直方形にこだわらずに舞台に向かって客席は台形に。始まる前に女性警察官みたいな場内案内が、席から体を乗り出さないでください!と大声で注意するのは芝居見物の感興を大いに削ぐ。長い芝居は首が痛い。もう一つ、席番号は見えるところへ。いまは小洒落たつもりて番号標記を席の瀬に折り曲げているが、そのために番号のところが客電では陰になって読めない。