ハリジャン 公演情報 innocentsphere「ハリジャン」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    松緑のDNAを実感できた作品
    既に終了した作品、しかも昨年のものについてのレビューを書くことは
    反則なのかもしれませんが、前から気になっていて、中にはこの劇団の
    以前のものについて読むかたもおられるかもしれないので
    思い切って書かせていただきます。
    まず、ここを開けてあまりの低評価に「えーーっそうなの??」と驚いて
    しまいました。
    歌舞伎ファン、小劇場ファン双方を満足させられない作品、安易な企画
    とのご指摘がありましたが私はまったく違う感想を持ちました。
    松緑の歌舞伎役者としてのDNAを実感でき、大変感動しました。
    「迷える憂き世に 咲けよまがしき 悪の華」
    これ、誇大宣伝でもなんでもないと思いましたけど。
    観終えてもしばらく席を立てず、もう一度席にからだを沈めて
    深いためいきをつきました。傍らの連れも同じく感動の面持ちでした。
    さらにいくつか離れた席の若い女性は顔を半分覆って嗚咽をもらし、
    そのなかで「よかったよー」とひとこと。彼氏らしき男性が彼女の背中を
    優しくさすっていた様子が忘れられません。
    以下、長くなるのでネタバレで。

    ネタバレBOX

    あえて「俳優論」に絞って書かせていただきます。
    このお芝居は差別的な表現がたくさん出てきてハラハラするけれども
    差別といったら、歌舞伎なんて差別用語満載ですからね。
    今日の感覚でとらえて、言い換えてたら歌舞伎は上演できない。
    幕が開いてしばらくして、私はこれは「小劇場的な歌舞伎」だと思って観る事にしました。
    身障者が次々出てしゃべるシーンは鶴屋南北の世界のよう。
    松緑の登場はかなり遅く、出てきたときはその存在感にわくわくした。
    当代の中村歌六が20代のころ、梨園から劇団四季の研究生になったとき、「新劇から歌舞伎を観たときどう思うか」とインタビューで聞かれ、
    「やっぱり歌舞伎はおトク。だって主役があとから出てきてもおいしいとこみーんなかっさらっちゃうんだよ。新劇ではないでしょ、こーいうの」と答えたことをいまさらながらに思い出した。また現幸四郎の「歌舞伎役者が演じたものはすべて歌舞伎なんだ」という言葉も。松緑のエビスがまさにそうだ。これは小劇場の芝居だけれども。
    メークがグロテスク過ぎるというご意見。先代勘三郎の「籠釣瓶」の次郎左衛門や「巷談宵宮雨」の竜達のキモいメークを見てる私はヘッチャラですわ。
    6代目菊五郎は竜達のメークのまま楽屋でお弟子や子役を追い回してこわがらせて喜んでたってんだから。
    エビスという役はこれぐらいのメークでちょうどよろしい。
    確かに脚本の粗さはあるんだけれど、松緑の渋谷エビスの圧倒的存在感が
    それを補って余りある。
    というか、「歌舞伎は役本位なので脚本は粗い」ものも多く、時に合理性を超えて演じなければならないので、さほど気にならなかった。
    歌舞伎では「芝居が生になる」と言って、素に見えるような演技を未熟とする。「生になることがなぜいけないのか」と猿之助に質問したところ、「あまりに生々しく演じると不快な場面が観客にとって不快に感じるから」とのことだった。その点でも、エビスのような役は、松緑にとって難しかったのではないだろうか。しかし、松緑は強姦シーンなど「不快感を覚えるか否かのギリギリの境界線」を演じきったと思う。「重い宿業を背負った男」という今回の役どころは歌舞伎俳優の彼だから演じきれたのであって、一般の俳優では表現できなかったのではないだろうか。最後の“暴走”場面は、鳴神上人のようで
    理屈抜きに魅せた。
    私は正直、歌舞伎俳優としての尾上松緑の演技に感心したことはあまりない。「蜷川版十二夜」の安藤英竹を大変面白く演じていて、この役が再演以降、中村翫雀に代わってからは観に行ってないほどだが、現時点では古典より新作歌舞伎にいい味がある。現幸四郎同様、赤毛物を得意とした曽祖父の7世松本幸四郎のその方面の血を受け継いでいるのかとも思う。
    祖父の尾上松緑がかつて演じた新作歌舞伎の「燈台鬼」の迫力には絶句した。「燈台鬼」は南條範夫の直木賞受賞作で、捕らえられた遣唐使が奴隷にされ、生きながらに「人間燭台」として饗宴に供されるという話。アングラチックな設定でしょ?そのメークはグロテスクどころじゃなかった。だから、当代の松緑のエビスを観た時、祖父を髣髴とさせた。いつか彼の「燈台鬼」を観たいものだ。
    そして、歌舞伎俳優として音羽屋のお家芸である「髪結新三」みたいな悪党役もいずれは期待できるかも。そんなことを考えさせてくれる芝居でした。
    ですから今回彼を起用してくださったことに感謝します。
    最近、歌舞伎俳優が小劇場演劇に出演する機会が増え、概ね小劇場ファン
    には不評のようだけど、私は悪いことではないと思う。
    歌舞伎を「食わず嫌い」で区別し、まったく観ないという人も私の周囲には多い。でも、歌舞伎は本来、現在のようなゴージャスなものではなかった。
    江戸時代の小劇場演劇だったんですよ。歌舞伎と言ってもいろんな芝居が
    あるから、小劇場ファンが好みのものもきっと見つかると思います。
    約半世紀歌舞伎を観て来た私でも小劇場系の芝居は楽しめてるから、
    これに懲りず、双方のファンに双方の芝居を観てもらえればなぁと思います。

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    2009/10/29 14:33

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