中国の不思議な役人【寺山修司×白井晃】公演終了 公演情報 パルコ・プロデュース「中国の不思議な役人【寺山修司×白井晃】公演終了」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    スマートに現れた寺山修司の混沌
    30数年前の初演は知らないのだが、寺山修司さんの世界をスマートにして再現したように思えた。

    寺山修司さんらしい、詩的とも言える台詞が要所要所できらめく。

    アングラ度は低いけど、濃厚な舞台を堪能した。

    ネタバレBOX

    この物語の舞台となっている中国に限らず、歴史には死体の山が築かれていく。その場所・時に現れて、死ねずに死んでいく中国の不思議な役人。死ぬために死ぬ男。その男は、純愛にのみ死ぬことができる。


    「影」「鏡」という、本体とは別の「本人」がキーワードとなって、全編を覆う。
    自分の影を切り抜く、光のないところの影、絶えず現れる鏡売り、少女に贈る手鏡、過去や未来を映す鏡の間、こうした要素が物語の厚みを増していく。

    そして「仮面」。

    それらによって、自分が自分であることの不確かさ、不安さが醸し出される。取れない仮面、影に染みだしてしまう自己、鏡に写らない自分。

    舞台の隅々まで神経が行き渡り、隙がない。見事なフォーメーションで進行する様は見事としか言いようがない。
    20年代の上海の混沌さ、猥雑さのイメージを、パルコ劇場の舞台の上に登場させたのだが、それは「バルコ劇場の」がミソで、かなり清潔で整然とした雑然さ、猥雑さであったとも言える。
    本来の戯曲の持ち味とは変わってしまっているのかもしれないが。

    今回のためにつくられた、三宅純さんの音楽もいい。おしゃれとも言える。
    舞台上では、パーカッションと管楽器の生演奏がプラスされ、口当たりのいい音楽にライブならではの良さ、緊張感や雑音感、生々しさが加えられる。その選択がとてもいいのだ。
    特にラストでは、楽器としてのグランイダーの登場で、火花という視覚的効果も加わる。

    歌のパートでは、オリジナルの寺山さんの歌詞も使われているようだが、こうなると、オリジナルの音楽も聞いてみたいと思った。今回のこのテイストとはまったく違ったのだろう。

    平幹二郎さんの存在感はやはり素晴らしいのだが、彼が登場するシーンはそれほど多くなく、ちょっともったいないとも思った。登場するシーンでは大仰な音楽と彼の重く響く高笑いがあるのだが、何度も繰り返されるとギャグのように思えてしまったのだが。

    また、小野寺修二さんの動きには当然のようにキレがあり、明らかに他と違う輝きがあり、それには目を見張った。
    さらに、大駱駝艦からの出演は、身体の使い方、立ち方ひとつをとっても、舞踏的であり、普通の舞台俳優とはまったく違い、場面ごとの雰囲気を高めていたと思う。
    女性のコーラスとソロの歌もよかった。

    女性将校役の秋山菜津子さんは、背筋がピッと伸び、ダンスも歌も華があり、大切な役の軸となっていた。
    岩松了さんは、他の登場人物とは違う軽妙さを演出していたと思うのだが、発声なのか佇まいそのものなのか、他の重厚さのある登場人物たちと比べてやや浮いていたように思えた。

    兄と妹の2人がもっと華があれば、言うことはなかったのだが。

    私の行った回は、後ろのほうにかなり空席が目立った。これだけの舞台なのだから、満席にするためにも料金の高さはなんとかならなかったのだろうか。
    観客全員が拍手をしても、これでは聞こえる音があまりにも寂しい。

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    2009/09/23 03:45

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