瀬沼さんのことを何も知らない 公演情報 ライオン・パーマ「瀬沼さんのことを何も知らない」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    海辺の田舎町。舞台は人気ラーメン店に並んだタクシー運転手(草野智之氏)と市役所勤めの幼馴染(星野そのみさん)のエピソードから始まる。なかなか席が空かない人気店。一人どうも奇妙な客がいるようだ。その男の余りの気味悪さに、隣の喫茶店に集った町の顔馴染達が語り合う程。一人の男が登場したことにより小さな町にさざ波が立っていく様相はスティーヴン・キングの『ニードフル・シングス』を思わせる。

    主演は瀬沼敦氏、役名もそのまま。長身で強面の妙な雰囲気は古尾谷雅人と田中哲司を足して更に異様な犯罪者のオーデコロンを振り掛けたような。全く内面を他者に類推させないこの男が観客の心を徐々に掴み、ある種の感傷を呼び起こすのは見事。
    海沿いの小さな田舎町、花村怜美(さとみ)さんは町の男の誰もが恋するような華のあるホステス。ママのいないラウンジやクラブ的な店で男達に夢を売っている。彼女の所作が本当に魅力的で目を奪われる。
    その店「ピンクムーン」の店長、 嶋澤秀展(ひでのぶ)氏はスリムクラブの真栄田賢を思わせるゴツさ。
    狂言回し的な役回りのタクシー運転手、草野智之氏は元巨人の槙原寛己似。
    人気ラーメン店「漫々亭」の主人、樺沢崇氏は若い頃の石橋蓮司に似た印象的な風貌。
    ラーメン店に弟子入りする室谷靖氏は鳥越俊太郎っぽい。
    ラーメン店の隣にある喫茶店のマスター、草野智博氏はモロ師岡に似た雰囲気で物語の謎を解くキーパーソンに。
    喫茶店でバイトする高校生、本多正憲氏は競歩がよく似合う。オダギリジョーの若い頃みたい。
    スーパーのパート役、斉藤優紀(ゆうき)さんがお色気ムンムンのミニスカでエロかった。

    長目のコントが続いていくような奇妙な作風。そこにこの町で過去に起こった奇怪な事件が絡んでくる。そして第二幕からいよいよ物語は作家の語りたかった核心に迫る。

    ネタバレBOX

    花村怜美さんと瀬沼敦氏が「ピンクムーン」で二人きりになるクライマックス。花村さんは過去を捨てて逃げ続け偽りの自分で生きていくことを腹に決めている。瀬沼氏にも自分と同じ業を感じ、二人で町を出て行かないかと誘う。このシーンで流れる曲がブランキー・ジェット・シティの『いちご水』(しかもLive Version!)。まさかここでこう来るとは・・・、参った!

    「サヨナラが知ってるのさ 何が一番綺麗な世界?
     目に映るもの全て 切なくなる程純粋なものばかり···」
    「消えてくれないか今すぐ 僕の目の前から今すぐ
     死ぬ程お前を愛しているから」 

    死ぬ程美しく愛おしいから、それを醜く感じてしまう前にサヨナラを告げようとする歌。それ以外に美しさを守る術を知らない愚かな人間の詩。
    ああ、ここでこれを流すか・・・、と胸が千切れそうな想い。この世で一番美しい女の心の中に手を伸ばした男達の零す涙。(店長、嶋澤秀展氏がボロッと流した涙の重たさ)。この海辺の田舎町は弱い者達のありったけの優しさで出来ていた。優しくて優しくて痛くて堪らない。

    この曲が流れた以上、瀬沼氏が一緒に行くことはないことを観客は知っている。花村さんは独り海辺でタクシーに乗り込み、「何処か遠くへ」と告げる。喫茶店では瀬沼氏が窓の外の海を黙って見つめている。ヌーヴェルヴァーグだ。BJCなら『砂漠』なんかを流したくなる気分だが、『いちご水』を選曲する作家のセンスにやられた。

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    2022/06/11 14:26

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