実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/06/08 (水) 14:00
座席1階
東憲司が以前からずっと練り上げていたという九州の金魚問屋の物語。桟敷童子がこれまで演じてきた炭鉱三部作などのように、時代の流れとともに滅びゆく産業への悲しくも優しいまなざしに包まれた秀作である。
客席を毎回驚かす舞台美術。今回は派手さはないものの、やはり最終局面で登場するセットは、それまで物語に没頭してきた客席の心をわしづかみにする。詳細は見てのお楽しみだが、今作もやはり、期待を裏切らない。
冒頭は風雨が吹き荒れる台風の場面から始まる。天井から激しく滴り落ちる水は、アングラ劇団がテント公演で見せるシーンをほうふつとさせる。この台風で跡取りの息子を失った老舗金魚店「鍋島養魚」は、母親(客演の音無美紀子)と息子の嫁(板垣桃子)が必死になって切り盛りをしていくが、やがて水路がよどむほど没落してしまう。新興の金魚店が買収するため老舗の設備などを値踏みしているところに、厳しい母や金魚問屋の生活が嫌でかつて家を飛び出してしまった姉妹が戻ってくるところから物語が展開していく。
夏至の侍とは、どこに隠れていたのか泥水のような水路の中で生き続けていた幻の金魚。これが、売り物になる金魚がいないため金魚鉢に浮かべられたブリキのおもちゃの金魚と対比するように、物語を盛り上げていく。生きるためには町の一時代を築いた伝統産業から身を引き、すべてを売り払ってスーパーのレジ打ちをして暮らさなければならない母と義理の娘の苦悩と、それでも夢(夏至の侍)をどこかであきらめきれない母の心の叫びが交錯する後段が、客席の心を揺さぶった。終盤では周囲に静かなすすり泣きの声も漏れていた。
音無美紀子のストイックな演技と、義理の母親と老舗を陰に日向に懸命に支えてきた嫁の一歩下がったスタンスを表現した板垣桃子の姿は印象に残る。
炭鉱三部作などで見事な子役を務めた大手忍が、今作でも実力を発揮し存在感を示している。