幕末の下田にはアメリカの領事館が置かれた。そこで領事に任命されたのが日米修好通商条約を幕府と結んだタウンゼント・ハリスである。安政年間から万延、文久へ至る幕末激動の時代に5年9カ月を日本で過ごした。ハリスが江戸へ出ると下田の領事館は閉じられハリスも公使に昇進していた。 By the way,お吉の話に戻ろう。今作の展開は、お吉が亡くなったと伝えられる“お吉が淵”に通い詰める病んだ初老の女性の回想記という体裁を採っている。この女性の名は「ふく」話を聞いているのは看護の女性である。 板上は奥に1m程の高さへ嵩上げされた土手のような塩梅の舞台、手前が通常の板面である。土手中ほどに階段が設えられ高低それぞれの板上手、下手に出捌けがある。場転に合わせて上手にこの地域で祭られた祭神の祠が誂えられたり、橋の欄干のようなものが設けられたり、或はお吉が切り盛りをしたという『安直楼』の店内が再現されたりする。 ふくは吉より1つ年下で、一緒にハリスの世話をしたと言う。然しふくは下がって後、世間の偏見を恐れ、他所に越して下田へは戻らなかった。従って世間から誹謗中傷を浴びせられ苦闘したのはお吉独りであったと、その苦悩を彼女独りに負わせたと悔い、吉が亡くなったとされているお吉が淵へ日ごと通っては吉に詫び話し掛けていたのである。吉の凄絶な生涯は作品を観て頂くとして、殆どの人間が事大主義に流され己の保身の為だけにターゲットを定め苛め抜く下劣に対しては腸が煮えくり返る思いがする。一方、そのように醜い世の中に在って唯一の救いは、少数ではあっても矢張り心ある人々もまた連綿と存在し続けていることである。