実演鑑賞
満足度★★★★
北京の公営住宅のようなフラットで、日常茶飯の小事で老夫婦が睦まじく争っている。だが、夫(林次樹)は大腸がんの術後の人工肛門の装着者だし、妻(竹下景子)はコロナで受けられなかった定時検診のために脳腫瘍が手遅れになっている。導入部の、争いながらもこの状況でいたわりあっている老夫婦の日常の二人の演技でまず、惹きこまれる。テレビの知名度目当てのキャスティングかと思っていた竹下景子がなかなかいい。そんな老夫婦に残された願いは、天安門事件に巻き込まれて高校生の時に亡くなった息子を現場で弔いたいという願いである。天安門事件を歴史から消し去りたい独裁政権はそういう夫婦の願いを許さない。
独裁政権の嵐を直接受けている香港の作者の上演できない劇と言えば、政治色は鮮明で、以後は、昭和二十年代から三十年代にかけて、さんざん見てきたわが国の左翼シンゲキ風の展開になる。息子の遺品を若者に与えようとネットで募集してやってくる若者(小谷俊輔)とか、軍に就職して出世していく夫の弟(内田龍磨)とか。そういう中で妻の病は進み、夫は最後の決断をする。
あまり飾りもない単刀直入の政治劇だが、異国の日本で見ると、こういう事態はさけるべく自由と平和のために戦え!というスローガン・メッセージだけでなく、過酷な隣国に生きる庶民のまるで「東京物語」のような哀歓が伝わってくる。そこが面白かった。演出(松本祐子)が手練れで、プロバカンダ劇の力学を生かしながら、緊迫した家庭劇を作っていたことも大きいだろう。そっけない色調の部屋を組んだ美術(杉浦充)もうまい。
東京芸術劇場の地下。数日前に見たイーストの若者ばかりのロロの客席とは打って変わって、こちらウエストは平均年齢七十歳かと言う観客で9割がた埋まっていた。