29万の雫-ウイルスと闘う- 公演情報 ワンツーワークス「29万の雫-ウイルスと闘う-」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    口蹄疫がこんなにも恐ろしいものとは全く知らなかった。2010年宮崎県の畜産酪農農家に突然口を開けた地獄。この光景が10年後、世界中でスタンダードになってしまうとは、まるでゾンビ映画のプロローグのよう。人類とウイルスとの最終戦争はまだまだ始まったばかり。
    2010年4月からの三ヶ月間で牛豚29万7808頭を殺処分する羽目になった口蹄疫。観客は現在進行中のコロナをだぶらせ、自分達にこれから何が待ち受けているのかを固唾を呑んで見詰めている。
    ワンツーワークスと云えば奥村洋治氏と関谷美香子さんの二枚看板のイメージが強い。元新聞記者の古城十忍(こじょうとしのぶ)氏の脚本は『ドキュメンタリー・シアター』(取材した証言だけで再構成するジャンル)として、当事者一人ひとりの人生の叫びを突き付ける。全てがインタビューで得た本物の言葉だけに重みが違う。
    役者は現実に存在する人物を複数受け持つ。中坂弥樹(みき)さんが可愛らしかった。
    報道ヘリコプターのプロペラ音が轟き、いつしかそれは機銃音に、気付けばそこは戦場へと変貌。トレードマークでもある、ムーブメント(スローモーションやストップモーションの動きを混ぜた集団ダンス)が炸裂。
    何処から来たのかも分からない、目には見えない口蹄疫ウイルスが宮崎県の畜産酪農農家の暮らしや心をあっと言う間に滅ぼしていく。口蹄疫は人の健康に被害を与えるものではないとされているが、家畜にウイルスを伝播する可能性がある為、行動が制限され他者との接触が禁じられる。
    2000年宮崎県で、国内では92年振りに口蹄疫の発生が見られたが740頭の殺処分で収束した。この成功体験が逆に楽観的な対応を生み、被害の拡大に繋がってしまう。
    目には見えない感染の恐怖、簡単に壊されていく人と人との絆、社会的同調圧力、選択の余地は全く持たされず、経済的にも精神的にもどんどんと追い詰められていく経緯が突き付けられる。

    ネタバレBOX

    「国際獣疫事務局(OIE)」という機関が『清浄国』と『非清浄国』の判断を下す。畜産物の輸出入に於いてかなり重要な基準になる為、国内の畜産農家を経済的に守る為には『清浄国』で有り続けないといけない。その為には口蹄疫にかかる可能性のある家畜にワクチンを打ち、伝染を食い止める。その後、全頭屠殺処理しなければならない。助ける為のワクチンではなく、殺す下準備としてのワクチン。家畜達も口蹄疫そのもので死ぬことは殆どない。ただウイルスを伝染させる可能性を失くす為の殺処分。口蹄疫は伝播能力が異常に高い為、とにかく殺して埋めるしかない。

    上村正子(かみむらまさこ)さん演じる繁殖牛農家のお婆ちゃんのエピソードが痛切。
    育児放棄された仔牛を自らの手で乳を飲ませて育て上げる。明美と名付けたその仔牛はよく懐く可愛らしい娘で何処にでも付いて来た。生まれつき片目の色が薄く見えていないようだった。立派な子供を産む程に成長したが、牛舎の牛は全て殺処分に。死体は重機で山に埋められた。
    「今でも月命日には山に行って明美を呼ぶんですよ。『明美、今は何をやっているの?明美』」。

    小林桃子さん演じる女性が語る言葉も重い。長崎で被爆した舅とシベリアに抑留された父と今こそ会って話したい事があると言う。勿論どちらも故人である。「お父さん、これが“理不尽”ってものですか?」。

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    2021/07/21 23:32

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